尼僧 高橋美清 講演

 

昨年町内に「一隅を照らす 高橋美清」講演を知らす回覧板が回った。伊勢崎長沼の出身でテレビでも活躍した元アナウンサーで

 

 

ある。ウィークエンドだから他にも用事があったが、午前中に美清さんの講演が聞けるので、どんよりとした寒空の中、

 

 

境町総合文化センターまで出向いた。場内に入るとすでに伊勢崎市長の挨拶があり、続いて美清さんを説明したビデオ

 

 

が8分ほど流された。美清さんは過去にモデルもやっていてフリーアナウンサーで歌手としてCDも出した

 

 

経歴があった。それがいきなり寂聴さんと同じように長い髪を剃り落し、天台宗の僧侶になった。瀬戸内さんは

 

 

同業の生臭坊主「今東光」の世話になり出家したが、美清さんは祖父が僧侶だと言ってもすでに他界していた。

 

 

それでも世俗から離れたかったのには大変な事件があった。心身を悩ませたのはストーカーである。それも同業の

 

 

人である。誹謗中傷、嫌がらせ電話、ネットでの悪意ある書き込み、巷でよくある見えない敵があるが、美清さんの場合

 

 

嫌がらせをする人は良く知っている人だった。警察にも救いを求めた。しかし展開は意外な形で終わったかに見えた。

 

 

加害者が事故で亡くなったのである。そしたら火の手が美清さんに集中した。美清さんは仕事を止めざるを得なくなった。

 

 

視聴率を気にする現場が被害者であったはずの人にも卑しい判断を下した。10年ほど前話題になった事件である。

 

 

その当事者が美清さんだったとは知ら

 

 

なかった。心身ボロボロに砕け散った美清さんは仏道が救ってくれるものと信じた。

 



 

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写真で見ると若く見えるが当年取って還暦である。

 

 

比叡山60日修行を申し込んだ。すぐやれるものではなく、希望者多数の為順番待ちである。何年待ったか講演では言わなかった

 

 

が52歳の時入山した。15名参加し女性は3名。一人山を下ろされ(入山目的が不謹慎?)14人での過酷な修行が始まった。

 

 

ハードさは予想以上のものだった。朝晩裸足、気絶すること3回、それでも皆に助けられ60日の修業を終えて、伊勢崎にお寺を

 

 

建てることを許された。比叡山の修業では14㎏痩せ、満身創痍で過ごした。けど自分からやると決めたことだから、どんなにき

 

 

つくてやめる訳に行かなかった。困ったのは風呂だった。日常のように毎日ではなかったし、3分だった。カップ麺でもあるまいに。なんか刑務所の囚人が

 

 

集団で分刻みで入る風景をテレビで見たことがある。服を脱ぐ、頭を洗う、服を着る・・・3分ではとても無理と思っていたが

 

 

やればできることを知った。講演後美清さんのお寺が?長沼にあると聞いていたので、翌日車を走らせた。場所は利根川の河川

 

 

敷沿い、普通の住宅の入り口に「照諦山 心月院 尋清寺 高橋美清」とあった。お寺さんは自由な発想である。山院寺名

 

 

尼僧名まで自分で考えて看板を出せる。昔祖父が住職だったから後を継いで名乗るのかと思っていたら、初代の住職である。

 

 

御朱印を頂こうとチャイムを鳴らしたが、車はあるが返事はなかった。ただ室内で犬の声が「いないよ、いないよ」

 

 

と吠えていた。大丈夫だよ!すぐ帰るから・・・。ここで自殺とか引きこもりで悩む人々の悩み相談をやっている。

 

 

私など人生70年以上悩み少なく、能天気に生きて来た山道だが、最近は再び「般若心経」を唱え、226字をどうにか覚えよう

 

 

としているが、海馬に「色即是空 空即是色」しか残らない。生きることはなるほど「空」である。

 



画像>亡き母が趣味で描いた少し肥えた「瀬戸内寂聴」今では私の宝物。