『明治の探検家・矢島保治郎』パネル展

 

伊勢崎には明治時代エキセントリックな凄い人がいた。入国が難しいチベットへ

 

二度も行ってあちらでダライ・ラマ13世にも信頼を受け、現地の人と結婚し

 

子をもうけ、日本に妻子共々帰国した。その矢島保治郎没後60周年の企画展があった。

 

確か50周年記念の時も見に来た記憶がある。こんな無茶苦茶な伊勢崎人が

 

いたとは信じられない。博打好きで酒飲みが多い上州明治時代にあって、海外渡航

 

それもエベレスト直下チベットまで一人登っていくパワーと胆力は何処から

 

生まれてくるんだろう。当時としては何から何まで画期的。長髪、写真の被写体に

 

なるのが好き。一般人の割には随分本人の写真量が多いのに驚かされる。

 

それによくここまで残されてきた。地震や戦争の天災や人災を幾多乗り越えて、

 

遺族の方々の保存努力に敬意を払いたい。お陰で我々は快男児・矢島保治郎の

 

稀有な偉業・生涯を知ることができた。

 

 

 

画像>パンフ一面

 

 

 

画像>パンフ二面

 

画像>展示全体

 

画像>2Fで展示中、1Fは伊勢崎発掘展示

 

 

 

画像>本関町にあるお墓に線香あげてきました。チベット風の墓なんでしょうか?

伊勢崎―大間々線上道路脇に眠っています。合掌!同時に同年代の作家・伊集院静氏の

永眠を知った、辛口の作家が又いなくなったのは寂しい。謹んでお悔やみします。

 

 

 

画像>毎日新聞より提供 秋以降谷村新司から始まって大橋純子、もんたよしのり、同世代が昴やアンドロメダ星雲になった。

そんなに早く逝かなくたってよかったのに・・・・。もう夜空に一杯星がありすぎて見上げるのもたいへんになってきた。

あなたたちの分まで私が生き続けて見せますよ。