沢田ジュリーの「土を食らう十二か月」を観て・読んで
思わぬところで思わぬ人の映画を見ることになった。’70年代歌謡界を席巻した
スターが老爺になって畑仕事をしている映画に出演していたのだ。流石に出演依頼
をされたとき、沢田ジュリーは「これは俺の役ではない!」とひたすら断ったという。
然し執拗な中江監督の説得にあい、作家水上勉氏が奥深い山荘で一人自給自足する役を
引き受けた。共演者はそう多くないから画面に一人沢田ジュリーが写っていることが多く
水上氏が書いたエッセイのナレーションで全体が溢れている。こうしてみると
中江監督の狙いがよく理解できる。’70年代中性ミスティリアスをもてはやされた
スターが今だ当時の色香を漂わせていることに気づかされる。山奥で野菜を収穫する。
冷水で野菜の土を取る。タイル張りのキッチンで料理する。沢田ジュリーがやると
長い年月が経過したとはいえ、絵になるのである。映画の中で女編集者で恋人の
真知子(松たか子)が「いい男ねぇ~」と沢田ジュリーに言うシーンがあるが
当たり前だろうと言い返す演技が二人の関係をほのぼのさせていた。
画像>
映画は水上勉エッセイに沿って書かれてはいない。水上エッセイは小説を書く傍ら
山での自給自足ぶりを1~12月丹念に旬に収穫する野菜等を
9歳から寺で和尚から学んだ精進料理を編集者に振舞いながら記録したものである。
アスファルトジャングルで煮詰まった仕事をする者には空気良く、自然の中で
生育する食品を振舞われるのは、最高のおもてなしであった。映画では立春の水セリや
里芋、夏はタケノコや山椒、梅や夕顔(かんぴょう)秋になれば栗・・・・。日本の四季
折々の食材が料理研究家・土井善晴氏監修のもと、描かれている。本書では8月の章で豆
腐、とりわけごま豆腐の作り方。9月ではマツタケの取り方、食べ方にページを割いてい
る。当然梅や栗のことも楽しく書かれている。
画像>ほくほくした栗と渋皮煮 2023は猛暑で小ぶりな出来栄えであった
画像>早速旬な栗ご飯を作ってくれた。栗がたっぷり入っていて塩加減もよく絶品
画像>手作り梅や紫蘇ジュース等々➡我が家では知り合いから頂くので毎年作る。現代人は自分ちで採取できる梅や栗をハンドメイドすることをやらなくなった。
映画は水上勉氏の自然観や死生観も強く打ち出して、脳梗塞や心筋梗塞に倒れた
主人公が今後は死神を恐がって生きてもやがては死ぬ。だったら病気と共に生きていこう
と悟るシーンがある。私も不治の病と隣り合わせに生きていく身なので、6年前から
1年1冊「終活アルバム」を編集して記録に残している。病気と共生することが
生きる上でベターだと知った。中江裕司監督は61歳なのに早くからそこに
芽生え土を食らう12か月のキャッチコピーを「食らうは生きる 食べるは愛する
一緒のご飯が 一番うまい」とし、脳の暴走を止めるには 体を動かすこと
インドアよりアウトドアで心身を開放して、迷走した時のリセットに効果的と
言っている。中江氏は仕事に行き詰まると東京から新幹線―レンタカー―蔵王方面に向か
って、蕎麦を食らい、山に登り、頂上の岩の上で半日寝そべって、脳内をすっきりさせる
と言う。リセットする場所は海より山がいいという。それは人は死後平面の海より
見上げる山の方が近くにデッドを感じるからだという。最もな話である。山の神と言われ
る所以かもしれない。水上氏が自給自足して脳梗塞から脱却した話は有名である。
病気を治すのに山の空気と食事は効果的である。自給率40%の日本は食料輸入が
止まったら先ず貧乏人から餓死し始め、暴動が各地で起こるのは歴史は繰り返す
諺通り。この時富める者は食いつないではいけるが、世の中不法化するのでヤバイ。
私ん家も将来の自給率に不安を感じ、20年も前から畑を借りたり、自分ちの庭で
細々と野菜作りをやり始めて久しい。水上氏が植えた苗数より少ないが、最悪の場合
食いつないでいける食料と農業ノウハウは確保できた。世の中もスーパー以外で野菜が購
入できる態勢が道の駅等で確立した。形が悪い、傷があるだけで市場に出ないものが安価
で販売できるシステムが定着した。今度はこの映画をきっかけに多くの人がベランダの
一角にポットを置いて家庭菜園が流行することが望ましい。すれば取り立ての野菜の
新鮮な旨さを知り、病みつきになってしまうこと請け合いである。コンクリート・
ジャングルに生き始めて幾年月、土の香りがする野菜を食べて原始の時代を思い起こすの
も自給率回復の早道である。こんな極上の御馳走があったのかと沢田ジュリーや水上勉氏
に感謝し本やビデオが見たくなること必至である。
画像>本とビデオ
動画>ジュリーの歌銀河のロマンス♬





