『発達障害』宮内洋講演
もう私は仕事現場からオサラバして半年、一緒に働く人がある人を指して
彼奴は可笑しい、こいつはいいやつだなどと品定めする会話に加わらなくても
いい身分になった。15年ほど前だか一緒に働く人で、人に溶け込めない人、
コミュニケが下手な人と仕事をやるようになった時、彼奴は自閉症だからとか
言っていたが、
最近では言い方が変わって発達障害だからと容易く言う時代に変化していた。
この二つの病名?は10年ほど前にはそうたやすく使ってはいなかった。一緒に
仕事をする中でポツンと一軒家ではないがポツンと孤立して仕事以外は立ち寄らない、こ
ちらが話しかけても暖簾に腕押し。そう言う人はケッコー存在する。
今日の講演は「発達障害」の予備知識を県女大教授・宮内洋先生が講義した。
前回ポワチエに続く一般公開講座聴取である。宮内教授は発達障害は脳機能の
障害であるという。(腸も関わっているという)ASD(自閉スペクトラム)も
(ADHD)注意欠如多動症も(LD)学習障害も遺伝的要素が高いという。
これらが合併して重症化しているとも言われる。日本も近年ひきこもりや
不登校(約25万人)虐待や非行など起こす人を見ると、すぐ発達障害とみなす傾向
にあるが、単純に必ずしもそうとは言えず、発達障害と断定するにはまだまだ難しい問題
を孕んでいる。こういった現象は日本だけの特色ある病巣かと思ったら、日本は
まだ序の口人口比5%位で、イギリスやアメリカなどは15%位にのぼるという。
子供の時から個室をあてがわれ、生活に困らない人々がこのような診断を受けがちだ。
日本も戦後すぐは働いて動かなければ食べていけない時代が長かったから、皆遅くまで
働き流暢な精神的病を脳や腸にとどめておけるような余裕などなかった。宮内教授は
日本はつい最近まで第一次産業・第二次産業(農業や漁業)で働く人々が多かったからこ
ういう病気の人が少なかったという。昭和40年以降急成長を遂げるとサービス産業中心
の社会に変貌していく。対人関係が苦手な人や話が得意でない人は他人を遠ざける傾向に
なり、発症し易くなったと語る。昔から目立たなくはいたが現代は目立って多くなった。
確かに百姓や土木作業する人にASDなんて聞かない。
ADHDになる雰囲気の人は最初からこういった仕事を選ぶ。人間関係で職場を離れる
人口比率が高いことを小耳にはさむからである。マイノリティはどの職場に行っても
辛い。これから日本はもっと発達障害の人々は欧米諸国並みに多くなるだろう。イヤホー
ンやスマホで自分の世界に埋没している人が多いからである。排斥意識・唯我独尊が強い
からである。
画像>ニュートンより
文科省の出したデータによれば出生率低下で人口は減少しているのに、こういった人々を
集合させる特別支援学校は増加一途なんだそうな。その癖支援学校へ回す教員は組織に
非協力的な人で左遷な人事を行う。上司にたてつくとか回りと浮いた教員が行かされる。
そして学校長になる人で特別支援学校に勤務したことがあるかと調査すると10%に
満たない結果が出てきた。宮内氏はこれは可笑しい。むしろ支援学校を勤務したことのあ
る教員こそ校長にすべきだという。ここでマイノリティの児童や生徒を指導することがマ
ジョリティの学園に入った時、役立つはずだと説く。私もそう思うし、私は教員稼業は
いきなり「先生!」と呼ばれる環境に入る前、一般会社に5年くらい勤務してから
子供の前に立って教育する方がベターだと思っている。その方がお互い幸福なのではない
かと昔から信じている。インターンを終わったばかりの若造や若娘がいきなり「先生!」
と敬われるのは10年は早い!今日壇上に立った宮内教授はちょっと風変わりな教員で
この人も学園では浮いているのかな❓と首を傾げた。そもそも有料なのにレジメがなかっ
た。発達障害のデータは沢山あるのにスライドで見せるだけで、メモ取りも忙しい。
全部受けたわけではないから分からないが12講座すべて満席だと思っていた.100席
の予約を1か月も前に打ち切っているのに、当日追加して聴こうとしたら、すんなり
OK!3分の一空席があった。穿った見方をすれば受講者は彼を知っていたことになりはし
ないか?そのおかげで「発達障害」を受講できたわけだから有難かったが、レジメがない
のにはがっかりした。宮内教授は最近二度目の左大腿骨を骨折し、歩行が大変であると
拡大したレントゲン写真を見せた。国家試験の公認心理士に唯一合格した報告をした。
今は太田のこどもの国で無償で相談を受け付けている。私はフィルドワーカーであり
カウンセラーの二刀流で大谷と同じである。沖縄と台湾の間にある多良間島の人口1085
人でも出生率が日本一である・・・・そんな話から三十分余、いよいよ本番の「発達障
害」の講義は始まった。
画像>猫
天才レオナルド・ダ・ビンチは発達障害ADHDであったことは濃厚である研究報告がある。作曲もしていたダビンチは
ホント何でも屋の芸術家であった。


