『一球の記憶』宇都宮ミゲル著を読んで

 

WBCでの日本優勝は劇的なシーンが幾つもあり、国内は大いに

 

盛り上がった。続いて開幕したNPBも余韻そのまま、盛り上が

 

るものと予想していたが、相変わらずメジャー大谷の報道ばか

 

りで、日本のプロ野球人気はいま一つ盛り上がっていない。

 

関東地区では人気の高い読売ジャイアンツ(巨人)がここ数年

 

全くの虚人で得点はホームランでしか入らず、リードしていて

 

も7回8回になると中継ぎが逆転されるパターンが続いてい

 

る。これではNPBの人気がWBCから火がついて真っ赤に燃え

 

けていくには難しい話だ。今日読んでる本は過去に実績ある

 

NBP選手37人の現役中味わった記憶に残る一球を調査・

 

インタビューした面白い本である。野球ファンなら御存じだと

 

思うので名前だけ羅列してみると:

 

「若松、高橋慶彦、長池、大石大二郎,河埜、新井宏昌、

 

福本,梨田、中尾孝義、松永浩美、角(元巨人)、石毛、

 

長崎、山口高志、柏原、柳田真宏、山田久志、柴田、

 

竹之内雅史、山下大輔、東尾、若菜、松本匡史、遠藤一彦、

 

山本和行、平野謙、牛島、八重樫、村田兆治、江川、掛布、

 

水沼、栗橋、宇野勝、淡口、安田猛、篠塚の面々。」

 

読む前から阪急・山田投手の回答は分かっている。巨人対

 

阪急の日本シリーズでそろそろレギュラー陣に衰えが見え始め

 

てきた常勝巨人に西本監督が育てた若きブレーブスが立ち向か

 

った年であった。1勝1敗で迎えた第3戦、9回表まで1-0

 

山田投手は殆どランナーを出さず9回二死まで来た。しかし

 

野球の神様はここで思わぬ意地悪をする.王貞治に3ランホー

 

ムランを打たせてサヨナラ勝ちさせてしまった。マウンドで

 

膝を落とし、うずくまる山田。この一発が効いて巨人は

 

V9へ前進する。柴田の記憶に残る一球も、このシリーズ

 

王の打ったサヨナラホームランだという。皆自分のことを

 

書いているのに博打好きな彼は余程うずくまる山田の印象が

 

強かったのか1971年のシリーズだという。9回二死

 

柴田が四球で歩き、長嶋がぼてぼての内野安打,お膳立てを

 

整えて千両役者王のサヨナラホームランだったのである。

 

 

 

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今年WBCを見ていてもこれからも永遠に残る一球❣

 

記憶に残る一球は幾つかあった。優勝を決めた大谷とトラウト

 

の一騎打ちで空振りの三振、侍ジャパンを一番苦しめた

 

メキシコ戦で吉田が放った起死回生同点の3ランホームラン

 

そして最後の最後不振続きで病める三冠王が打った逆転サヨナ

 

ラツーべース。こういうシーン、打つべき主力選手が不振で

 

やきもきさせたゲームは過去にもあった。矢張り以前のWBC

 

でのイチローの逆転打とか近鉄ー巨人戦で満塁ホームランを

 

打った原辰徳とか記憶に残る一球、打者から言えば好球必打、

 

投手から言ったら快刀乱麻(快投)、今回の37人のインタビ

 

ューも思い出して納得したり、へぇ~、そうだったんだと

 

感心したり回想して一人楽しんでいる。でもさすがに変人江川

 

の一球の記憶には驚かされた。江夏豊と並ぶべくオールスター

 

ゲームで9人連続三振では面白くない。大石をカーブで振り逃

 

げさせて(記録上は三振)二死一塁とし次打者を三振させれば

 

10者連続三振の新記録になる。そう考えて江川は投げた。

 

しかし小技の大石に当てられ、8連続三振に終わった。

 

カーブをワンバウンド気味に投げて捕手中尾後逸、次打者

 

を三振に打ち取って新記録達成とはいかなかったのである。

 

私はあの時リアルタイムで見ていたが、ストレート投げれば

 

三振したのに、なぜカーブだったのか?打者の裏をかいたの

 

か?記録が並ぶ江夏豊に気兼ねしたのか?ずっと不可解だった

 

が、パスボール狙いの低めカーブがストライクコースに来たの

 

で大石が三振逃れに当てに行ったのか合点が効いた。

 

もう一つが江川がウイニングボールをキャッチした1981年

 

日ハム戦の日本シリーズ。江川は三振を取る気になれば取れる

 

が、ウイニングボールを自分の掌中に納めたかった。今まで調

 

べるとピッチャーが握ったことが記録にない。ゴロならファー

 

ストがフライなら外野手ならがウイニングボールを捕獲する。

 

自分がウイニングボールを取るにはピッチャライナーしかない

 

ことを知る。ここが恐ろしいことだがそういう投球をして

 

ピッチャーフライに仕留めてしまうのである。上がったフライ

 

を一塁手中畑が取りに行こうとするが、左手で遮ってフライを

 

キャッチ。思惑通りウイニングボールを掌中にした。こういう

 

話しは江夏にもあって年奪三振記録をライバルの王貞治から

 

取るために一巡するまで他打者からは三振は取らず,凡ゴロ、

 

凡フライで打ち取っていた。さて記録のかかった三振数に

 

王貞治が登場したら鬼面に代わり、かすりもせず三振に打ち取

 

った。江川のウイニングボールはいまどこにあるか知らない。

 

どこかの記念館かそれとも江川家?現役を引退して40年余経

 

つ。この人の伝説はネット情報も追い風になり、かつての

 

ダーティ・マイナスイメージは払拭されつつある。

 

YOU-TUBEなんか見ると意外性な個性(素顔)に驚かされる。

 

※数日前元西鉄ライオンズ「中西太」氏の訃報に接した.謹んでお悔やみ申し上げる.氏は怪童と言われ、スィング

スピードは球界一といわれた。ショートの頭を超えた打球をセンターが前進して取ろうと思ったらスタンドに入っていたという
打球速の選手だった。何となく村神様に似ていて、ヤクルト村上選手の今後を期待するものである。
後マサカリ投法で一世を風靡した「村田兆治」氏も今年亡くなられた。不撓不屈の精神の持ち主だっただけに
不審な死は残念である。謹んでお悔やみ申し上げる。本書に載っていた村田兆治氏の一球の記憶はライバル
南海「門田博光」氏に自信を持って投げた球が打たれたこととあった。駆け出しの頃で天下の宝刀フォークボールではない。