劇団ひとり出演・監督「青天の霹靂」を観て
売れないしがないマジシャンが(大泉洋)或る日青天の霹靂を
受けて40年前にタイムスリップする話。近年こういう筋書きの
ドラマや映画は多い。40年前に話は戻っても体は昭和時のままだし
巡り合った父母と同年代と言うことになる。自分の父(劇団ひとり)
と舞台に上がり大人気を博す(ペペとチン)妊娠中の母(柴咲コウ)
の胎内に自分が育っている設定である。然し母胎は順調ではなく
母の命を取るか子の命を奪うかの選択に苛まれる。結果は実母の
希望で晴夫(主人公)を生んで他界する。母親のことを悪く伝えられていた晴夫は長い間捨てて行った母親を恨んでいた
が、40年前に
遡ることによって真実を知り、如何に自分が両親に愛されていたか
分かり、現生の惨めな、沈みっぱなしの人生に明るい兆しと
生き甲斐が溢れだしてきたことを知る。元の昭和に戻る
青天の霹靂を頭に浴びると、そこには死んだはずの父親が
いて、主人公は思わず心から「有難う!」と一言いい、生まれてきたことに感謝して
映画はエンドする。これが劇団ひとり原作でもある
「笑いと、たぶん一粒の涙の物語」 キャッチコピーを謳った
ハートフルムービーであった。
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何かの本でこの映画はビートたけしのことを描いている
と聞いていたので借りて来たのだが浅草が舞台でも雷門ホールと
ロック座の違いがあった。時代背景もビートたけしは(’80年代)
近くてもスプーン曲げのユリ・ゲラー(’70年代)とは10年の開きがある。でも若い劇団ひとりには誤解があってユリ・
ゲラーと
漫才ブームは同年と言う認識があるようだと思い違いした。この映画では
多くの庶民はスプーン曲げのトリックをまだ知らない。でも巨人V9の話題が出て来るので70年代設定ということか。
でも現役喜劇人が作る映画としては完成度は高く、十分楽しめた。
何よりも90分と言うのが年寄りには優しい。今どきの映画は120分以上だから見ていて疲れる。それは音楽にも言えるこ
とで
一曲の時間が長い。目が回るくらい早いのはテレビCMの
画面変化かな。何も考えさせないで売り込もうとするスポンサーの意図が見て取れる。
もっと穏やかに流れる映像を我々は期待している。そういう点から言えば劇団ひとり制作の映画はゆったり、ほのぼの流
れる
大河に浮かんだやすらぎがあった。
動画:予告編>

