「下北沢であの日の君と待ち合わせ」を読んで
近年小説は殆ど読まないが、カレーパンと味噌パンが有名と言う
下北沢「アンゼリカ」でバイトをしていた女子が
青春を綴ったほろっ酸っぱい私小説を一読。著者神田茜って講談師で旦那は
落語家であったとか。プライベートなことは兎も角、そのパン屋の店主が
亡くなり、30年振りに訪れ、思い出を語ったほろ苦いストーリー。
我々の世代より約20年下、東京の下宿、アパートも一寸よくなった
頃の世相が見えて懐かしい。そもそもが「コーポ服部」住まいだからね。
私等いた頃は其の家主の名前の✖✖方、と言う住所だからね。勿論風呂なし
トイレ、調理場は共同、押入れは隣部屋と半分づつの大きさ。雑費として
電気水道ガス、全使用料を部屋数で割って月々請求された。
私が住んでいたのは山手線沿線だったので下北沢へ行ったことはなかった。
まだ街として特色がなかったと想像するけど、1990年代若者の街として
脚光を浴びる。妻帯となって倅が10代で「連れてって~」と言うので家族+α
で降車したことがある。その時は水森亜土さんが描いた看板の
お店はあったろうけど「味噌パン」はまだだったかもしれない。
街は若者で活気があり、演劇で青春を燃焼させようとする地方出の人で
溢れかえっていたのだろうな。この本はどうして味噌パンを取り扱うようにな
ったかの経緯に触れている。一番人気のカレーパンに次ぐ二番人気になった
味噌パンの極意事項?が「みそぱんワイド」の項に綴られている。
私もパン生地と味噌の融合など邪道と言う偏見があった(味噌ラーメンも同様)
青春の浅墓さである。だから多分食べたことはない。そしたら福岡に嫁いだ
長女がお盆に帰郷したら「味噌パン」が食いたいと言うLINEが入って来た。
「えっ?味噌パン、福岡にないの?」そんなにノスタルジックなティストなの?
たまたまフレッセイに行ったらパン屋のバーゲンで普段より安く売っていた。
それを買い求め食べて見たら驚いたね、旨いじゃないか。群馬のソウルフード
焼き饅頭をアレンジしたとはいえ、甘じょっぱく白ごまも加味されていて、これは
遅ればせながらイケると思った。アンゼリゼの店主も何度も試食を重ねて
結局焼きまんじゅうの生地に近い物に落ち着いたようである。寧ろ
焼きまんじゅうの生地よりしっとり、柔らかく食べやすいスウィーツ仕立て
で販売したようである。だからアンゼリゼの味噌パンはアルミ容器に乗ってい
たそうだ。もっと早く知っていたら食べたかったな。青春の過ちは過度の偏見
によるものが多い。食わず嫌いはよろしくないな。
画像:>味噌パン
画像:》本書
ネットに寄れば味噌パンは群馬沼田の「フリアン」と言うパン洋菓子店が
群馬名物の焼きまんじゅうのアレンジ版として販売したらしい。1972年頃とあ
る。パンは今のように普及していず食パンや菓子パンが主流であったかもしれ
ない。何と言ってもパンが注目を集め始めるのは個人パン屋が焼き立てパンを
提供し、惣菜パン(ヤキソバやコロッケ等々)が出現してからだと思う。
パン屋での行列時代到来である。給食で食べていたコッペパンから幾年月
パンの味覚は半世紀を超え、別物の絶品として今君臨している。
< 写真提供:パンと昭和 小泉和子著>
懐かしい昭和30年代の給食風景。脱脂粉乳飲みましたよ。
パサパサのコッペパン世代でクラスメートの子が病欠すると
一番近くの子がその子の家にパンを届けた。わら半紙に包んでね。病気がちだった和子ちゃん、どうしているかなぁ~。
追加味噌パン🍞→第一パン 99円 赤味噌白ごま ベルクにて購入
追々加味噌パン➡カンターレ 118円 パン生地固め 3食目で3番手
追〰々々加 まゆっこ味噌パン 171円 パーネデリシア 4食目で一番旨い!これはお薦め。
隣は桜メロンパン270円 餡入り










