荒木一郎著小説「空に星があるように」後編

 

 

この本の感想をUPするのは3回目だが、本内容の後編、前編、中編の

 

順番でUPし、3回目のblogが後編書いて完結となる。こうなった

 

経緯は2/1書いたので省略するが、私は偏屈故に可笑しな読み方を好む。

 

さて内容だがついに荒木一郎22歳?人生有卦に入って歌は売れるわ、

 

芝居は評価されるわ、引く手あまた大車輪の活躍である。

 

ゴールデン最盛期に入り込んだ。しかし好事魔多し、こういう時

 

慎重にならないと足を救われる。表立った舞台からズリ下ろされる

 

魔の刻が待ち構えている。25歳頃誰も予想だしない事件がやって来た。

 

マァ荒木は昔から行き過ぎた親切心の持ち主だから仇となってブーメランのよ

 

うにぶち当たって来たと言うことだろうか。

 

第4章組曲と第5章間奏は芸能人の殺人的スケジュールの模様が書かれている。

 

売れっ子歌手と言うだけで忙しいのに、本来役者であるから映画やドラマ

 

の出演も依頼が来る。その合間を縫って榊ひろみと新婚旅行に旅立つ。

 

行先の熊本ではアクシデントがあって借りたレンタカーのキーが

 

折れた。名所内で起きたから駐車場ではない。怖いにーちゃんが

 

威勢かけに登場する。然し事情を話せば協力してくれ、他の車が

 

手配でき新婚旅行を継続することが出来た。この地方では荒木姓が多く

 

貴方の祖先は荒木村重だと言ってくる村人がいた。戦国時代こぞって

 

荒木祖先はここに落ち延びた。しかしこの件について荒木は関心がなかったよ

 

うである。名立たる名監督今井正や大島渚から出演依頼があった。

 

今井正の映画については助監督が余りに言い方が高飛車なので

 

多分撮影中衝突することは避けられそうもないので、マネジャーの辻君と

 

意見が一致を見たので断った。然し尊敬する大島監督の「日本春歌考」

 

についてはどうしても出演したかった。だがビクター本社は「空に星があるよ

 

うに」のレコードが着々と売り上げを伸ばしている時に春歌を歌う

 

流行歌手を見たらイメージが狂うから部長から「やめろ!」と言われ

 

荒木専属マネジャーからは土下座して「やめてくれ」と頼まれた。

 

しかし荒木は分ったと言いながらオーダーをOKした。出演料は100万円だっ

 

た。ドラマにチョイ役として出ていた頃の1本¥2000から見たら雲泥の差だっ

 

た。「日本春歌考」は私も若い頃、新宿「さそり座」?で見たが、さっぱり

 

印象も記憶もない~~ひとつとせ 一人娘と やる時は~親の承諾 得にゃ

 

ならん~数え歌の映画で抒情的に寂しく歌うシンガーとは、余りにイメージが

 

違うので面食らった。ビクターの幹部ならずとも折角頂上近くまで登って来た

 

山なのに自らバックするのも惜しい気がしたろうな。十朱幸代や吉永小百合

 

のことも書かれていて:歌手として著名になって来たので、過去に気後れして

 

いた二人と合うと対等になった気分がしたと言う。特に吉永とは

 

遂に共演の話が日活から出たが、歌のスケジュールが一杯でクランクイン

 

するなら4日で仕上げるしかない。そうなるとスタッフは

 

午前と午後の二部制だが、主演の荒木は寝ずに4日間フルに撮り続けなければ

 

作品が出来ない。日活は乗り気だったが荒木の方でキャンセルした。

 

この頃榊ひろみと結婚していたので撮影の合間、吉永と仲睦まじく

 

しててもマスコミは浮いた噂を書かなかった。もし荒木がシングルなら

 

荒木の攻めは執拗だったので,どう報道されたか?それ程若年の頃から

 

吉永信仰の信者だったのが読み取れる。

 

 

 

 

 

 

画像いとしのマックス>

 

歌手活動については放送局、有線のあいさつ回り、レコード店のサイン会

 

新聞社、雑誌社巡り我儘な性格の割にキチンとビクターの人達とあいさつ回

 

りしたようである。それが功を奏したのか日本レコード大賞新人賞候補になり、

 

1候補のマイク真木(バラが咲いた)を押しのける番狂わせで荒木が

 

獲得した。どうもマイク真木は生意気なのか記者の評判が悪かった。

 

野球界で言うと江川と西本の沢村賞獲り。1981年沢村賞は100%江川が覆され

 

西本に渡った。新聞記者等投票の賞だったので江川の対記者対策が宜しくない

 

結果と言われている。人間は正しく投票しない感情が票を呼ぶ、典型的な

 

年だった。森進一やスパイダース、ブルーコメッツも押しのけての受賞だった。

 

 

 

 

 

 

最後に「いとしのマックス」誕生秘話を一言。

 

荒木の後ろの演奏には素人バンド?「マグマックスファイブ」と言うのが

 

いつも連れ添っていた。しかし学生バンドのように下手過ぎて

 

荒木がテレビ出演しても、例えば「今夜は踊ろう」は一緒に出来ない。

 

音にムラがある。でも荒木は将来このバンドにもオリジナル曲があってもいい

 

と思って、作ってやると言っていた。そこで生まれたのが「いとしのマックス」

 

である。皆の前でサァ作るぞ!そんな時飼っていた犬のマックが

 

外から家に入りたくて、ガラス戸を「ガリガリ!」掻いた。

 

荒木はそれを見て「へヘイ、マック!」これに詩を付けて歌は生まれた。

 

荒木の歌作りは簡単なんである。同じこの年新人賞にノミネートされた

 

ブルーコメッツの井上大ちゃんもブルーシャトーを作るのに

 

アッと言う間に出来たと言っているのを記憶している。名曲とは

 

空から何かが降臨する神秘的な現象なのかもしれない。

 

私も中・高時代ギターを買って貰い、当時流行っていた作詞・作曲を

 

2030曲くらい作ってNHKでやっていた「あなたのメロディ」という

 

素人応募番組に楽譜を音大の人に書いてもらい、送付したが出演できなかった。

 

星と失恋さえ書けば歌になった時代、てんで音楽素養がないと自覚した

 

青春だった。ビートルズが不良と言われた田舎町だから、バンドなど組む

 

勇気など頭の隅にも浮かばない境遇だった。荒木一郎小説のblog三部作

 

ジグザグ前後しますが読んでいただけますと幸甚です。