荒木一郎著小説「空に星があるように」中編
前回小説終わり部分第6章~第8章迄書いたので、今日は第1章序曲、
第2章調弦そして第3章独唱迄を綴ってみたい。年齢で言うと19歳
NHKドラマに数々出演し、22歳頃❓深夜東海ラジオで「空に星があるように」
を歌い始める頃までである。大勢付き合っている女性のことや将来、
母親と同じ演技者として生きて行くか紆余曲折しながら、不思議な縁で
榊ひろみ(SKD出身松竹女優)と結婚。(世間は略奪結婚と言った)
榊ひろみにはフェアレディZを買って貰い、非常にコンプレツクスを
抱いたらしい。月収榊100万荒木5万の時代である。榊は横浜の先に
厳格な父の実家から東京に仕事に来ていて、荒木は付き合っている頃、
仕事が終わると矢張り母親から買って貰ったスカイラインで送り届けていた。
仕事は芝居の面白さを感じて来ているのだが、周囲が荒木の歌を推す
ので、余り気乗りしないが遂にラジオ番組のレギュラーを持つに至った。
「空に星があるように」の反響は凄まじくこれから読む第4章以降
に書かれているだろうが、前出版の「まわり舞台の上で」にも書かれていたので
経緯は承知している。今回の3つの章では付き合った女性の問題や
そこから生まれた数々の歌の秘話について語っているので、それを中心に
記して見たい。長い間青学の同級生・笹原と付き合って7年も経った。
ほぼ同棲に近かった。荒木の家は長年母子家庭で母親は文学座で
2カ月も地方巡業で家を空ける時もある。言わば学生のたまり場のようだった。
笹原に或る日妊娠を告げられ、結果は生理遅れと診察されたようだが、
これに荒木は興ざめたのか、笹原に「別れよう」と告げる。
この頃後に結婚する榊ひろみとの付き合いも始まっていたので、頃合いを
見はらかったのか。然し心情的に、こんなセリフ一言で7年間の付き合いを
帳消しされた女性の立場も思い憚ると情けなく、気の毒に思ったのか
自然に歌が生まれた。それが「空に星があるように」だと言う。
これは笹原に捧げる歌だった。荒木と言う人は不思議な人で
ドラムを習いに先生(ヘンリー倉田)の所に行き、歌を教わり、ギターもキチン
と先生について
勉強した。言わば音楽で生きて行くために教育を受けていた。
私等荒木が歌で世に出て来た時、歌手だと思っていたが、後に沢山映画や
テレビドラマに出演していたので、正にマルチタレントと言う名が相応しかった。
然し子役での活躍時代もあり、舞台も草創期のNHKにも出演している
生粋の役者なんである。其れが才能があるんで歌の方で世に出て来た。
当時の名立たる複数の映画監督にも才能は見込まれていたので
あの事件(猥褻)
で世の中に干されなければ、きっと名優として名を馳せたかもしれな
い。一癖ある性格だからしょうがないと言えばしょうがない。
荒木の歌作りは無理して作っているのではなく、誰かの鎮魂歌の
ように歌が自然と出来る。空に雲が湧くようにである。
第二弾としてヒットした「今夜は踊ろう」
も榊ひろみと仲良く白浜で戯れている時、頭に浮かび、家に着くまでに
詩と譜を覚えて居れば、それはいい曲何だと早速家で書き込んだ。
一寸創作する人間として天才肌と言うか凡人には理解不能な頭の出来であ
る。前回のblogで私はクリスマスの夜彼女に名曲「あなたといるだけで♪」
を歌ったと書いた。そしたらこの歌の誕生秘話が書かれていた。
荒木の仕事は最初NHKがらみが多かったが、演技の評判が映画系の
スタッフにも伝わって行って、東映系の制作ドラマや映画にも
出演するようになった。そこで知り合ったのが、後に有名になる
大原麗子である。彼女は当時六本木族と言われる夜遊びグループの
1人だった。付き合っている男も沢山いて、あの容貌あの声だから
ナンパ派荒木も気に入って、付き合いたい旨告白。然し大原は
貴方は10番目の男にしてあげるとつれない。それからどれくらいの
年月がかかったか計り知れないが4番目と言われ、2番目に格上げ
遂に或る日1番目の男と言われるようになった。そしたら荒木は
もう大原には飽きて別れ話を持ち出した。これも理不尽な話で
1番になったら目標も魅力も感じなくなったので、ハイ、サヨナラ
其の時大原の淋しい気持ちを思い憚って「あなたといるだけで♪」が
生まれたとか、嘘みたいな話。一遍に興ざめてしまったのは長年
この歌のファンだったこっちのほうだ。因みにかつての一番は誰か、荒木は名を伏せているが、大した奴じゃなかったとつづる。結婚した森くんかね,渡瀬君かね❔
画像>
荒木がNHKで共演していた女の子(寿美・十朱の妹役)と渋谷のホテルで遊ん
で、親に知られ、謝りに行く時19歳だったから母道子、離婚している父章一と
三人で訪ねるシーンが書かれている。相手の家族は娘が16歳だから
もうカンカンで祖父が怒って荒木の顔にタバコの火を押し付けて
消した。荒木は逃げもせず、驚いたのはむしろ女側の家族で
NHK出入り禁止もどこかに吹っ飛んだ。文芸評論家でもある荒木の父
はとんでもない所に駆り出させて「十朱幸代の家かと思ったのに・・・」
不甲斐なさを嘆いた。ドラマ「バス通り裏」共演者と言うので
てっきり十朱幸代だと思ったらしい。
作品の読後感は(後2章残っているけど)飄々として、堂々として
何処か憎めない。私達が荒木に抱いている偏見や誤解を自分の筆力でもって
打消し是正している。懺悔のような小説とも言える。こうして
一般的に思われる荒木イコール危険人物が払拭されれば幸いである。
いっちゃんは生涯ダンディズムを貫き通した。これが荒木一郎が10代の時から
目標にした男の生き方だった。『人はどう生きたとしても他人に迷惑をかけずに
生きることは出来ない。だったら人の役に立ったら、迷惑を越えるくらい
役に立ったらいい」と決心。確かにこういう一面は貫き通した御節介焼き
だったな。50周年何だからテレビで荒木一郎を観たいし、昔のフィルムで
自分の十代を甦えさせたいな。
動画>何処となく荒木が尊敬するチェット・ベイカー風に歌っている気がする。でも初期の
歌い方でないのが残念。歌手って年取るとアレンジして歌ってしまうのが心残り。

