マンガで読む ドストエフスキー「罪と罰」

 

ドストエフスキーは医者の次男でロシアの作家である。

 

 

農奴の御時世、社会主義運動をしたことでシベリア送りになった。

 

 

刑期を終え戻って来て作家活動を始めるが、如何わしい出版社から前金3000ルーブル受け取ったが為に大量に書く破目

 

 

になる。筆記では間に合わず      、

 

 

口述出版もあったと言う。傑作長編小説「罪と罰」はこうして口伝えで生まれたものである。

 

正にラスコリー二コフ(23歳の学生)のように天才であったのである。

 

 

オーダーはひっきりなしだったから、何を書いたらいいかが悩みの種。

 

 

そこで起こった本当の事件が老婆殺しであったようだ。それに肉付けや

 

 

哲学やら宗教を織り込み、時代背景を入れて完成したのが「罪と罰」である。

 

 

前回読んだ「カラマーゾフの兄弟」よりマンガはずっと面白い。

 

 

尚一層痛快サスペンス盛りだくさんのラスコリ二コフと判事ポルフィリー

 

 

の遣り取りがドラマ風の出来栄えで冴え渡る。

 

 

今回はそれにYOU TUBERの中田敦彦氏のドストエフスキー解説を1時間見たから、19世紀の作家の思考経路がよく分か

 

 

って勉強になった。

 

 

ヨーロッパ諸国のドラマ作りはアンハッピーエンドが常套手段だが

 

 

19世紀ロシアドラマは意外にエンドは暗くない。名曲も明るい曲が少なくない。(日本でも北国の曲は明るく、

 

南国の曲は得てして暗い)

 

 

「罪と罰」も主人公ラスコリ二コフが判事ポルフィーリと遣り合いながら

 

 

自供して8年のシベリア送りになるのだが、マリア様のようなソーニヤの献身的な愛によって人間性を取り戻す。非凡な

 

 

人間は世にあって平凡な人間を殺しても法を踏み越える権利を持つと言う論理。ナポレオンが良い例だとして

 

 

累々たる死体の上に自らの法典によって新しい世界を作り上げた。

 

 

自分や貧民を苦しめる高利貸しの老婆を斧で殺して正当性をずっと体内に宿していた。然しラスコリ二コフは娼婦と言

 

 

う社会のどん底に生きて居ながら

 

 

純真無垢な心を失わず、家族のために身を落としても、怨み事を一切言わない

 

 

女性に始めて合ってこの人だけはと信じて生きて行こうとする。

 

 

宗教を信じる心が疑われ始めた19世紀、宗教で育んだ心の持ち主に救いを求めるようになる。ドストエフスキーの小説は

 

 

本人が無神論者であるにも関わらず、

 

 

大衆に訴えるのは人間の生きる糧は「聖書」。ここに触れないとストーリーが成り立たない。

 

画像➡登場人物>

 

 

画像➡本日クリスマス・イブ 伊勢崎では朝ホワイトクリスマスになりました。今はサンシャインクリスマスです。>

 

 

ラスコリ二コフとソーニヤとの対話にも宗教的な会話は出て来るけど

 

 

ポルフィーリ判事がラスコリ二コフに言う言葉が刑事コロンボ風で

 

 

小説のタイトルを象徴している「罰からは逃れられても 罪からは逃れられない」いつも犯した罪で顔蒼白く、夜も寝ら

 

 

れない捕まる不安で生きて行く、

 

 

ラスコリ二コフに自白を薦めたのはポルフィーリであった。二人の命を実存主義的思考で殺してしまい、通常なら死

 

 

刑になる所をシベリア送り8年で納めてくれたのはこの名判事がこの勝手極まりない似非天才を説得してくれた名裁きが

 

あったからである。日本のテレビ風に言うならこれにて一件落着!ポルフィーリが片方のもろ肌を出したか否かは不明

 

 

である。

 

 

 

<中田さん、色々参考にさせていただきました感謝!>