ドストエフスキー作:「カラマーゾフの兄弟」を漫画で読む
若い頃一度で覚え切れない外国人名があった。一つはロシアの文豪ドストエフスキー、演劇人のスタニフラフスキー、
そしてハリウッド俳優シュワルツネッガ―。日本人でありながら英語文化圏にいたわけ。それから何十年も経つと今度
は中国人と韓国人名が中々覚えられなくなった。我々子供時代両国の名前を日本語読みしていた。それが発音でカタカ
ナ表記になったので、政治家やドラマの役名等顔も似ていることもあって、全然覚えられない。やがては老いも重なっ
て日本人名や身近な人さえそうなるのかと思うと嘆かわしい。嫌いな人の名前はすぐ忘れていいのだけど、大切な人の
名前は忘れてはいかん!
――――今までドストエフスキーの長編小説等は読んだ事がない。
テーマも難解そうだし、何と言っても長過ぎる。然しドストエフスキー遺作となって著名人の評価は高い。カラマーゾ
フの兄弟位は小説ではなく、トルストイ作「戦争と平和」(オードリー・ヘップバーンが出ている)のように映画にで
もあれば、見たいと長年思っていた。
然し製作者側から見たら来客・採算が見込めないので作らない。
私が尊敬する坂口安吾も人気作家村上春樹も世界の名立たる作家も
カラマーゾフの兄弟を絶賛して止まない。この作品は何が凄いのか?どういう筋立なのか?そしたら妙手があった。
コミックである。早速図書館で暗~いCR~Y「地下室の手記」と目的の
「カラマーゾフの兄弟」を借りて来て読んだ。1860年頃ロシアを舞台にした
このストーリーは科学と宗教が葛藤、マネーと神が問われる時代に入った。
カラマーゾフ家男親フョ―ドルには3人の子供がいて、長男ドミトリーは親父に似て酒と女に狂いっ放しの道楽者。次
男イワンはインテリの無神論者。
そして三男アレクセイは純真な修道院で暮らしていて、4人とも生活はバラバラ。
そんな仲たがいしている家族を説得して貰おうとアレクセイは修道院の長老ゾシマに頼んだ。しかし結果は思うように
行かなかった。
そればかりかフョ―ドルが後日何者かに殺されてしまった。疑われたのは軍人上がりのドミトリーで、相続や女のこと
で喧嘩しているし、怪しまれる3000ルーブルの所持、出所を疑われた。
画像:本>
話しは飛んで飛んで♬イスタンブール ではないモスコー?裁判所
容疑者ドミトリーは無実を訴える。証人弁護に二人の兄弟が立つが形勢不利。
この漫画が何故面白いかと言えば犯人探しにどんでん返しが待ち構えているからである。大衆や傍聴者は長男が父親殺
しをしたと思っている。農奴の連中はそこから這いあがった貴族のカラマーゾフ家に反感を抱いている。
長男が無実だと言う証拠は何も上がって来ない。何故昔の作家や村上春樹さんをしてドストエフスキー作「カラマーゾ
フの兄弟」は不朽の名作なのか。
そこにはドスとエフスキーの哲学・宗教観、推理ドラマ的な要素が凝縮されているからである。2~3日前坂口安吾の未
収録探偵小説が発見されたニュースが新聞に載っていたが、安吾がドストエフスキーに着目したのは、この探偵小説的
な含みがカラマーゾフの兄弟にあったのではないだろうか。
探偵小説と言ういい方は安吾や江戸川乱歩の時代の犯人当て読み物だが、
松本清張のように権力者が犯す犯罪捜査物になると「推理小説」と言ういい方に変わった。カラマーゾフの兄弟の放蕩
オヤジが誰に殺されたか、ここでは述べない。3人兄弟の内の誰なのか?違うかもしれないし、肉親の一人であるかも
しれない。漫画の後半の迫力は最高潮であった。
これを読む前に読んだ「地下室の手記」はドストエフスキーの暗黒の日々の日記のようなもの。癲癇持ちで博奕が好き
で厭世主義の役人がどうして
他人と協調してやっていけるのか。普段は寡黙なのに喋りはじめると唯我独尊自論は止まらない。日本人の身近にはこ
ういう人種はあまり見かけないが
鼻つまみのスラブ人にはこういう輩がケッコーいると思われる。意見の押し付けが強い人。だから白人系の国々では
「隣人を愛せよ」とか威張るのを抑える宗教が必須なのだと思う。それは余りに強い性欲を押さえつける宗教が必要な
国々のように、皆が幸せに暮らせるように古代の偉人が考え出した。
画像:本>
しかし現代は2~3人のイカレタ狂人が勝手に振る舞い、
世界の安全・平和を脅かしても、抑える立場にいる人間が
右往左往、自分の可愛いさから手も出さず、声も少々しか掛けられない。これでは皆、人間不信でドストエフスキーのように地下室に潜ってしまいたい気分になりますわな。


