「アナザーストリーズ」でブルース・リー

 

先日NHKアナザーストリーズで凄惨な公開処刑のような豊田商事会長の刺殺事件を見た。あの年(1985)元々金(ゴ

 

ールド)など渡す気もない金(かね)を一方的に取って集め放題だった(ペーパー商法)男が二人の男に刺し殺された

 

事件だった。

 

あの頃は写真雑誌Focusが全盛で刺された会長が報道陣の前に曝け出されて、二人の犯人は逃げもせず通報されて警察

 

に連行された。大勢の報道陣がいながら、誰も止めないと言うので話題になった事件だった。

 

そのよく昔の事件等を扱う当番組に「ブルース・リー」のことを放送した年があった。映像は見ていないが一冊の本が

 

ある。題して「ブルース・リー 命を焼き付けた100分」100分と言うのはブルースが命を賭けて取り組んだ世界的ヒ

 

ット作「燃えろ!ドラゴン」のことだろう。あの映画を見た時の感動と興奮は今も忘れない。生涯で観たアクション映

 

画の中で「燃えろ!ドラゴン」と

 

「ダイハード」は最高傑作だった。コマ送りを速めているんだろうと言う、カンフーのスピードと技の切れ、現在のハ

 

リウッド映画はコマ送りが速すぎて見ていて目が回って卒倒しそうだ。それが70年代の映画作りにあった。

 

ブルースは「燃えよ!ドラゴン」を作る前にも「ドラゴン危機一髪」「ドラゴン怒りの鉄拳」(2本主演でギャラ

 

15000ドル)「ドラゴンへの道」と香港で製作主演していたが、どうしてもハリウッドへ進出したかった。

 

中国人として最初の主役映画を作りたい野望が強かった。

 

自分が書いたシナリオを悉く白人主演になることに憤りを示した。

 

当時香港では統治国イギリス人の中国人への扱いは獣同然だった。

 

能力あるものに人種差別の壁が不可解に不愉快に横たわっていたと言える。

 

今では考えられない偏見世界が蔓延っていた。それが生きる上のバイタリティとも結びついていたと言えなくもない。

 

ブルースは少年時代からカンフー等格闘技で技を磨いたのは喧嘩が好きもさることながら、香港で差別が露骨なイギリ

 

ス人等白人を殴り、蹴り倒したいが為の涙ぐましい鍛錬だった。

 

ブルースはカンフーもやればキックボクシングもやった。沖縄空手もやれば棒術もありとあらゆる武術を覚え、色々な

 

格闘技大会に出場し、自ら格闘技道場も作って弟子たちも沢山いた。俳優のジェームス・コバーンやスティーブ。マッ

 

クィンも教わりに来た。

 

 

画像本>

 

不思議に思うのは強靭に鍛えた32歳の肉体がいとも簡単に急死したことである。殆ど寝ずに初めてハリウッド映画の監

 

督主演を勝ち取ったブルースは

 

キメ細かい打合せに奔走していて疲労はピークに達していたようだ。

 

だから薬物も疑われた。亡くなる一週間前にも意識不明になる騒ぎがあったらしい。ブルース本人も命の危機一髪を感

 

じていたのかもしれない。だから「燃えよ!ドラゴン」への完全主義に徹したのかもしれない。

 

鳥の叫びのような「アチューン!」も目つきから表情まで異常を通り過ぎて

 

狂人染みている。格闘家は皆そういう表情をするけれども、あの一作が遺作として観る偏見だろうか。素晴らしい映画

 

を後世に残してくれて有難う!

 

 

 

 

動画:燃えよドラゴン>

 

ブルース・リー(芸名李小龍)はサンフランシスコ生まれで父親は演劇人だった。その関係で幾つも子役で映画出演し

 

ている。香港に戻ると人種差別に苛まれ、性格も一変するが、格闘技が認められテレビ出演する。それが日本でも公開

 

された「グリーン・ホーネット」だ。私はそのドラマを殆ど知らない。

 

カトーと言う運転手役で世に蔓延る悪を懲らしめる、言わばバットマンとロビンの二番煎じのようなドラマだったらし

 

いが、1966年頃放映と言うので、私はクラブ活動で冒険活劇など目になかった。帰りは9時だし勉強して寝るだけの3

 

年間があった。ブルース・リーと同じある面ストイックな時代だった。

 

「グリーン・ホーネット」のテーマ音楽がネットで聴いたら熊ん蜂の飛行?

 

に似ている。この曲好きだったんだよ。トランペット演奏で究極だ!お送りしましょう!夭折したブルースの供養にで

 

もなれば・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

動画>