「戦場カメラマン・渡部陽一」講演
久しぶりに境総合文化センターで講演を聞いた。過去に聞こうと思って行った無料チケットが即日札止め御免になった人
気者・渡部陽一氏のお話だった。だから市役所人権課で配布すると言う当日、いの一番で貰いに行った。一人2枚限定で貰
えた。渡部さんの話を聞いているとそのギャップに驚嘆する。
今年9月迄命を張ってウクライナ戦争を取材してきたカメラマンが壇上で笑わそうと思ってやっているのではないのに、面
白おかしいパントマイムのような動きで話す超スローテンポな語り口。立って喋っているのに90分シッカリ暗記してい
て,淀みなくレポートする頭の良さ。
不思議な人で一体この人の頭の中はどうなっているんだろうと訝る。
兎に角オーバーアクションで話す。ゆったりした口調に観客は笑ってしまうのだが、
内容は戦争現場の悲惨さ、人間の愚かさを連綿と説得力を持ってBGMの様に伝える。
今日の話は3つの柱を以てやりますと公言して―――――
① 戦場で子供を撮ることの話
② 14歳の少女のメッセージ パキスタン・マララのこと、ノーベル平和賞の彼女は通学バスの中でタリバンに撃たれ
た。然し一命は取り留めた。来日したこともある。
③ 戦場の医療状況
そして9月迄戦場カメラマンとして活動してきたウクライナ情勢について
悲しく語った。
画像:パンフ>
渡部氏は現在50歳だが戦場カメラマンとしての出発点は20歳の時、アフリカの中西部
ルブプー族が弓矢で狩猟する話を聞いて単身アフリカに渡った時に始まる。
しかし着いて見たらジャングルの中で子供が銃を持って戦っていた。つまりルアンダの内戦ジェノサイドの真只中。沢山の血
だらけの子供たちを見た。
これは日本に伝えなければならないと必死に現場の状況をカメラに収めた。
イラクに渡った時も凄い写真ばかり撮って日本に帰った。1991年湾岸戦争があり、
2003年サダム・フセインとイラク戦争があった。その時アメリカはイラクに
劣化ウラン弾を沢山打ち込んだ。
其の爪痕がベトナムで枯葉剤による異常な子供が生まれたように、イラクでも
数年後目の片方ない子供が不幸に生まれ続けた。その写真を「今日子供さんがいましたら
一寸見ないようにしてね」と言いながら、その写真を画面で写し出した。戦争で被害に合うのはいつも弱い子供たちや一
般人である。
ウクライナの侵略にも渡部氏は今年現地に飛んだらしい。
ウクライナの国旗は青と黄の2色でたなびいている。青は大きな青い空。
黄色は世界に誇る穀倉地帯の小麦、とうもろこし、ひまわり等の生産を象徴している。
ウクライナは傍にロシアがいるばかりに汚職や差別の痛い目に長い間合って来た。
同じスラブ民族でありながらロシア人は程度が低いのである。
そこで2018年自国から民主的に大統領を選出しようとした。立候補したのが
コメディアン出身のゼリンスキーだった。ゼリンスキーは公約としてヨーロッパ寄りの
政策を打ち出した。そして当選、NATOへの接近を試みた。
それを武力でまかりならぬ、自由は許さないと立ち塞がったのが顔は妖怪、心はピエロのようなプーチンと言う悪鬼であ
る。渡部氏はウクライナのことを話す時
まだ9月迄悲惨なキーウや爆撃を受けた都市を回っていたので、ひと際熱の入った
レポートをした。オーバージェスチャーでユーモラスにウクライナの暗黒・悲惨を話す。
渡部さんのような講演は始めて聞いたので面食らった。そして90分はとても短く感じられた。今月はまだこれから過去に
入場参加が外れた「蓮池薫さん」とかあるので
まさにリベンジ講演聴取である。

