『世界史を変えた独裁者たちの食卓』下 を読んで
近年あからさまに数国の独裁者たちの傍若無人の言動が目に余るものとして報道されている。そこに便乗して本書のよう
な過去歴史上の独裁者たちの出版物が後を絶たない。先月も「独裁者のデザイン」と言う本を読んでUpしたが、今回も図
書館で目につき、手に取ってしまったのが「独裁者たちの食卓」である。まだかろうじて
息をしているプーチン、習近平、金正恩等々の贅を尽くした食卓・晩餐の料理状況は本書にはない。書かれているのは
(下)として
チャウシェスク(ルーマニア)スターリン(ソ連)サダム・フセイン(イラク)そして上巻には毛沢東(中国)ジャン・
べデル・ボカサ(中央アフリカ)ヒトラー(ドイツ)である。
――――借りて来たのは(下)なので、まずは40年前頃だったか、
生々しい射殺?された報道写真が新聞一面に載ったのを覚えている諸兄もいるかもしれないチャウシェスクについて。
一介の靴職人だったチャウシェスクはひょんなことからルーマニア最高位に立つ。しかしそれはどの独裁者もそうだが、
いつ毒殺されるか、気が気でない疑心暗鬼の毎日だった。現存する3国の独裁者もそんな毎日を過ごしていらっしゃる事だ
ろう。誰も信用できない、
国民さえ信用できずカロリー不足の配給制を敷いて、国民が餓死していくそんな中で、チャウチェスク夫婦だけは豚の様
に丸々太っていた。
然しチャウチェスクは元々貧困者が故に会食に招いた各国の大物政治家との間で赤ッ恥をかく。例えばフランスのド・ゴ
ール将軍との会食は苦労三昧であった。食事のマナーを知らなかったから、面倒がって手掴みで食すこともあった。西欧
の貴族出の者に対し、社会主義労働者出身の者には荷が重すぎたのだ。当然チャウシェスク夫人もブルジョワ出ではなく
労働者出であるから社交界の会話も出来ず、夫をサポートする術もなかった。だからチャウチェスクは会食に出すものは
ヨーロッパ料理を嫌い、ルーマニア伝統料理を出して気兼ねなく食したと言う。
次がアメリカのブッシュに殺された?サダム・フセインの会食模様。
サダムの生い立ちもチャウシェスク同様貧困で継父の虐待を受けて育った。フランスの原発を2基購入する為、同国歴代の
大統領に招かれて会食が多かった。取り分けウマが合ったのがシラク大統領。
フランスはベルサイユ宮殿に招いて晩餐を催した。然し2~3日滞在すると豪勢なフランス料理に飽き足りて、イラク料理
を御所望するようになる。それは前代未聞なことだった。サダムはイスラム教徒でありながら大酒飲みで肉食派だった。
自分の国で会食する時は
組閣の者にも多いに飲ませ、気分を害する発言をされると,酒席のことゆえは許されず後日処刑された。今共産国3国は
この状態にある。言葉を選ばないで発言するとえらい怒りに見舞われる。
サダムはスターリンに心酔していて、考えも近く独裁者哲学を学んだようなものだ。2006年処刑前に出された料理は
ロブスターだったと言う。国の富は私有財産と湯水のごとく使ったサダムも終わりはチャウシェスクと同じだった。
そのサダムがお手本にしたのがA級の独裁者のスターリンである。
この人間について書くのは不愉快だが、少し書こう。
スターリンの会食は加虐の場だった。この後議長を継ぐことになるフルシチョフなど風呂屋の三助みたいなものだったか
ら生き延びたが、ライバル視した者は悉く総括された。
スターリンは反ユダヤ主義で性格も野卑そのもの。元配管工からの成り上がりで時の反政府活動で何度も牢獄に入れられ
た。然し頂上に持ち前の残虐さでのし上る。スターリンの口癖は各国の首脳と酒宴の後「うちに来て一杯やりません
か?」相手の腹を探る手段で各国首脳はケッコー騙された。独裁者同志は腹の探り合いが多い。
腹の底から悪党で救いようのない獣の面を被った独裁者は世にタネは尽きまじ。スターリンからプーチン、毛沢東から習
近平、キム三代。辺鄙なヤルタと言う場所で終戦取り決め会議をする時、
高齢なチャーチル、病身のルーズベルトを差し押さえてスターリンは会議を取り仕切ったと言う。この悪魔のような軍人
を手本にしているのが現在最高位ロシアのプーチンである。やることなすこと
スラブ民族の思考力に変わりはない。それは恐ろしい雲が全地球を覆っていると言うことだ。

