映画「パブリック 図書館の奇跡」

 

 

図書館は公共の場だから色々な人が来る。

 

オハイオ州シンシナティ図書館では開館と同時に70名位の

 

ホームレスの人たちが一斉に入館し、洗顔し、用便をするのが日課。

 

図書館員のスチュアートはそんなホームレスの人たちと

 

長年の付き合いがあり?友好的である。

 

その年のシンシナティは大寒波が来て、路上生活の中で凍死者が出ていた。

 

この町ではそういう暮らしをする人のために防寒シェルターが幾つか作られ、

 

彼らの命を救っていた。或る日退役軍人出身のホームレスがスチュアートに

 

いうことには「閉館しても我々はここを出ない。大寒波なのにシェルターは一杯で外に出たら凍死してしまう。図書館を占拠する

 

からな」

 

スチュアート館員は人命を尊ぶヒューマニストだから黙って受け入れる。

 

入り口を本棚で封鎖する手伝いもする。然し通報で知った市当局や報道局は片や市長選挙の星勘定をし始め、片や視聴率の上昇の

 

ことしか考えない。

 

真実は何処かにすっ飛び、何かの目的で館員が図書館にいる人々を人質に立てこもり、館員は前科があり、武器も所持している

 

と・・・・・。

 

然し周囲のスチュアートを知っている人々は誰もそう思わなかった。きっと人助けだろうと言い、図書館内で寛ぐホームレスの

 

人々の様子をスチュアート外に出た同僚を通して動画でテレビ局全米に送信させた。こうなるとアメリカはキリスト教の国だ

 

から援助する支援物資が次々送り込まれて来た。

 

このままでは悪者になってしまう市当局側は機動隊を使って強制立ち退きを挙行する手段に出た。

 

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私も図書館は東京にいた頃からよく利用していたが、確かにホームレスの人々もチラホラいた('70年代)眠っている人が多く、

 

調査利用ではなく、寛げる文化生活が主目的だった。Uターンして群馬に戻ると十数年前には一日中、レンタルビデオ、レンタル

 

CD聴くホームレスの人がいて、他の利用客が皆無になる問題が起きた。そこで図書館側は一計を案じた。一日一人が図書館にい

 

る時間を誓約したのである。ビデオなら1本、CDアルバムでも1本、図書館はこれらデッキがあるために時間があり過ぎる人たち

 

の良い場所だったわけである。無料で過ごすには最高の場所だった。然しやりすぎは偏りを呼ぶ。

 

それはコロナ禍前の前、スーパーのイートコーナーにホームレスの人々が居つくので一般客が寄り付かない話もあった。無料のお

 

茶があり、トイレがあり、夏はクーラーで凌ぎやすいスーパーは居心地がいい。これもスーパー側は何らかの処置を取った。或る

 

時から常連を見なくなった。我々東京にいた70年代

 

オールナイトシネマは満員で入場すれば皆寝ていたと言う話を聞いた。それは終電に間に合わなかった人、飲み過ぎた人、色々な

 

事情の人々がいたろうが、冬は寒くて路上で寝られない人々もいたろう。現代は漫画喫茶がその役割を繋いでいると聞く。朝には

 

追い出されてしまうが寒い冬の夜、寒風は防げる。

 

日本ではまさか図書館がホームレスのために寒波の夜、ワンコーナーを貸してくれるなんてことは永遠にない。今日比谷図書館に

 

は、その方面の人達が利用しているのか知らないが、冬は段ボールだけでは寒かろう。そう言えば

 

日比谷図書館にあんな沢山蔵書が残せたのは戦時中、40万冊及ぶ書物を

 

奥多摩の農家土蔵にトラック疎開させた人がいたからだった。その人中田邦造氏は21万冊は空襲で燃え尽きたことを悔やんだ。

 

本に対する愛情、(NHK知恵泉)人に対する救助、日米図書館に纏わる話は面白い。

 

 

〈動画) 映画はどのように機動隊の図書館乱入を阻止したか?秘策あり。

製作・監督・脚本・主演エミリオ・エステベスは途轍もないことを考え、ワッハッハッハでEND 快作である。