梶井基次郎作:「檸檬」をコミックで読んで
この前「ゆず」柑橘系を書いたからというわけでもないが、
「レモン」が気になった。現今は料理においてもスイーツ
においても、レモンが持てはやされている。
炎暑クーラーギンギンの部屋でパンツ一丁で食べる
シャビィ・レモン(赤城乳業)の味は仕事を終えたひと時、
至上の御馳走、悦楽の境地。酸味と冷味が体全身をアラスカにしていく。―――戦前の作家梶井基次郎の「檸檬」は昔々読んだ記憶がある。
コミックタイトルは「檸檬」だが他の短編「泥濘」「Kの昇天」
「桜の樹の下には」「冬の蠅」「ある崖上の感情」も
漫画化されている。基次郎は祖母に結核を移されて(舐めた飴を口移しされた為)31歳で夭折した作家だから、ストーリの主人公の殆どは病弱で暗鬱、怨恨。幻想的で生死のはざまを彷徨う文学である。
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主人公は或る日一つの檸檬を手にすることで生きがいを感じるようになる。手に握ると大きさが手頃、いつも持ちながらあれこれ想像を巡らした。と或る日いつもの本屋丸善によると良からぬ想像が頭をよぎる。積み重なった本の上に檸檬を置いて来たのだ。
それが手榴弾の様に爆発して店が粉々になることを期待して・・・・。
私は檸檬よりタイトルで気に入ったのが「桜の樹の下には」だった。桜の樹の下には死体が埋まっている・・・・・の書き出しで始まるこの短編は桜があんなに妖艶な姿を醸し出しているのは
人間の死体をエキスに咲いているからだという。考えれば樹木葬なども人の遺灰の前は土葬が主流であったわけだから,創造と言うより真実味が伝わる。病気で生きる時間が制限されていることが分かっている人は世を恨み、種の保存に絶大の関心があることがコミックで伝わって来る。文才ありながら30代で作品を発表できなくなるのは可哀そうである。日本には病気と貧困で恵まれた才能を散らした文学を目指した若者は多い。梶井基次郎もその一人である。


