尾崎と吉田

 

前回「前川と加山」をUPしたら同世代に割と賛同を得られたので、調子込んで今度は「尾崎と吉田」。世代が10年以上下回った

 

方々には「豊とドリカム」と勘違いされそうだが、尾崎紀世彦と吉田拓郎である。

 

二十歳前後の頃だったか尾崎紀世彦のテレビジョン登場は衝撃だった。

 

エルビス・プレスリー張りの衣装、長いもみあげ、つんざくようなでかい声、高い歌唱力・・・・日本のトムジョーンズと言われ

 

た。日本にもこんな歌の上手い歌手が潜んでいたのか。

 

ソラ驚天動地だった。尾崎が世に出した曲が「また逢う日まで」♪♪だが

 

私は「5月の薔薇」が一番好きだ。あの’70年代NHK-FMや東京FM

 

カセット録音していた私には「5月の薔薇」が一番思い出深い。

 

唄はあの当時皆別れ歌や失恋歌ばかりだから取り分け5月が嫌~なシーズンだった。元々尾崎はカントリーウエスタン歌手で余り

 

歌謡・ポップスには関心がなかったようである。あの面であの声で世に出せば、ヒットや人気は間違いないと普通のディレクター

 

でも考えそうなもんである。唯個性的で上部の言うことを簡単には聞いて呉そうもない自我が強かった。超ギガ数が高い。

 

唄だって後年例えば「また逢う日まで」を尾崎がテレビで歌うとレコード・CDのような歌い方はしなかった。何カ所かニュアン

 

スの違う歌唱法に拘った。それは過去の歌唱法に拘るファンにとっては耳障りで残念なことだった。良く岩崎宏美がステージで昔

 

と同じように歌ってと言われて困ったとコメントを言っていたことがある。歌手は昔のヒット曲を現代風にアレンジして歌いた

 

い。ファンは昔の音律で聞き惚れたい。歌手の自主性は許さない、ファンの気持ちを優先させるべきだと言う考えである。だから

 

懐かしのメロディなんかで昔の歌手が出てくると嬉しい半面、聞いてガッカリする半面も頭をもたげる。昔と同じようにヒット曲

 

を歌うのは至難な業なんだと思うのである。

 

 

画像:借りて来た二人のCDと私が唯一持っているタクローのアルバムLPレコード。

 

体制的でない最もたる当時のシンガーソングライターが吉田拓郎である。

 

テレビ出演は相当の時間を割いてMyソングを聴かせないなら、出演しない。

 

井上陽水もそうだが、あの当時二人をテレビで視聴することはなかった。

 

二人は殆どコンサートに明け暮れ、私も殆ど楽曲を知らなかったが、レコードは売れていた。私がタクローを知ったのは友人が彼

 

のファンで、良く喫茶店で有線放送リクエストしていた。因幡晃の「22歳の別れ」もよくしていたな。

 

20代になると余り日本人の歌は聞かなくなってきた。洋楽の方が好きで

 

「青い影」ばかりリクエストしていて「メリージェーン」を外国人が歌っているとばかり思っていて、後年つのだひろが歌ってい

 

ることを知った。テレビに出る歌手より出ない歌手の方が如何にレベルが高いか思い知らされた。日本人の音楽鑑賞の幼稚性が腹

 

立たしかった。

 

タクローソングは本人が歌う歌より楽曲を他の歌手に提供した歌の方が好きなのが多い。「襟裳岬」(森進一)「メランコリー」

 

(梓みちよ)「フラワー」(キンキキッズ)等々。フラワーが流行った頃は人生で一番辛い時期で、随分この歌を歌って励まされ

 

た。けどネットで見たら「フラワー」の作詞作曲はHALとあって

 

タクローでないことが判明。ずっとタクローにしては字余りでもない字足らずでもない名曲だなと思ったのは幻想であったことを

 

ジジイになって知った。

 

今手元にある借りて来たCDの曲で何が一番いいかと言われれば「今日からそして明日から」のタクロー独特のメッセージ性応援

 

歌がいい。

 

昔は「結婚しようよ」「旅の宿」字余りソング早口歌いが大変だったけど、今様の大字余り一音符に五文字ソングよりマシだった

 

ね。詩の方が優先されメロディがないがしろにされているのが現代の歌、又はダンスの陰に隠されてしまった歌と言うのが私の感

 

想。どれを聴いても同じ歌に聞こえる。歌は五七調で軽快に歌うのが我々世代には似つかわしい。そういう点で阿久悠や松本隆は

 

もう出ないかもしれないね。

 

 

 

動画>5月の薔薇

 

 

 

動画>今日からそして明日から

 

タクローが世に受け入れられた頃はまだレコードは専属作詞家が作ったものだった。そこにシンガーソングライターの時代が来

 

て、素人ッポイ作詞、詩は確かに関心するけど喋り口調の歌になる。ラップ風ハミング調と私は思っているがそれがフォークソン

 

グの特徴だった。外国流行歌の訳詞歌にもその傾向はある。無理に早口で歌わざるを得ない。そこからサザンオールスターズ「桑

 

田佳祐」が現れて驚きのまき舌・早口ソングが流行った。歌は世につれ世は歌につれ変化していくものである。