車椅子の花嫁・鈴木ひとみ オンライン講演

 

北京パラオリンピック開催の折、市役所人権課がオンラインで

 

元パラリンピック射撃日本代表「鈴木ひとみ」さんの講演を開催してくれた。いつもパソコンで聴取するが、今回は始めてスマホで聴

 

取して見た。手軽に聞けて、講師も気軽に関西弁で話す人なので、非常に面白く楽しんだ。

 

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鈴木ひとみさんは2004年エアライフルでパラオリンピックに出場している。後にはエアピストルに切り替えた。元々パラオリンピック

 

はヨーロッパで始まり、ピストル競技何て白人が優位。

 

白人以外が勝ち始めると即ルールを変更するのが常。スキージャンプとかノルディック競技でもありましたね。エアピストルの模様を

 

動画で紹介してくれたが、とても障害者と思えない白人男性が射撃でパラオリンピックに出場している姿を写し出していた。又、障害

 

者、女性、東洋人への偏見が大会でもあからさまで、嫌~な気分を味わったという。鈴木さんは車椅子での生活を強いられている

 

が、カーリングもやる。その模様も動画で見せてくれたが、ルールは殆ど同じ。唯ブラシでゴシゴシ擦る仲間を必要としない。本人が

 

ストーン目掛けて投げ込むだけである。鈴木さんは19歳の時、準ミス・インターナショナルになり、モデルの仕事に明け暮れていた。

 

175cmある長身で全国股に掛けて仕事をしていた或る日、山梨大月から中央高速で東京へ帰る時、悲劇は起きた。車がガードレー

 

ルに激突、助手席のデザイナーは即死,後方席の鈴木さんは100m外へ放り出されての重症だった。事故で頚髄を損傷し、足は麻

 

痺知覚無し、握力ゼロになった。2か月後に結納を交わすはずだった、その今の夫の至上の愛失くして今日のひとみさんはなかった

 

かもしれないと本人は言う。

 

その模様は「命をくれたキス」小学館文庫に詳しい。

 

―――今現在北京パラオリンピックに出場しているアスリートは皆それぞれ大変な人生ドラマを持っていると思う。事故で精神が変

 

になり、生きる意味を逸したことがあったかもしれない。でも障害を乗り越えてパラオリンピックと言う大舞台に立っている。境遇を怨

 

み、自死誘惑に打ち勝ち、自分との挑戦にまで辿り着いた。もうそれだけで我ら健常者は尊敬してしまう。鈴木さんは講演の中で一

 

寸悔いある発言をしていた。事故で路上へ投げ出された時、運転していたのはカメラマン。責任を感じてかカメラマンはグッタリした

 

鈴木さんを抱き替え、他の車を止めて乗せたらしい。被害者には専門が来なければ手を触れない方がいいと言われているが、頚椎

 

に余計な圧迫が加わったのか?又カメラマンは仕事で一緒に山梨迄行ったが、任意保険に加入していなかった、このことでも大変

 

苦労した。

 

そんな前近代的な?時代に起きた災難だった。然し鈴木さんは強かった。恋人から旦那さんになった方の愛情も逞しかった。紆余曲

 

折あったが今は達観して、あの時あういうことがあったから今の強い自分があって満足と、自分で自動車の運転席に座り、自分で

 

12kgある車椅子を助手席に乗せて、颯爽と運転する姿を動画で見せた。

 

又鈴木さんは車椅子の陸上競技、ダッシュでも長い手を生かして、イギリス大会で優勝したこともあると語った。スポーツ万能で明る

 

いアスリートはあの傷を背負って還暦になっても頑張っている。

 

 

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