詩人伊藤信吉論・東谷篤講演
最近ネット講演ばかり聞いているが、久しぶりに生の講演が聞けた。
画像;信吉>
群馬の詩人伊藤信吉が撮ったカメラの写真展示の講演かと思ったが、ケッコー固い文学論やプロレタリアート運動家だった信吉が
弾圧され、転向を余儀なくされた余生を苦悶の中で詩を書いた話だった。
戦前日本政府は赤化(共産化)を恐れ、治安維持法の名の元に特高警察が拷問まがいのことをして思想転向させたり、仲間の名前
を吐かせたりした。同じ頃作家小林多喜二も拷問の末、特高に殺されている。相当昔この模様はMyBlogに書いた。小林多喜二は
講演で伊勢崎市に来たことがあり、伊勢崎官憲に留置されたことがあった。それを市民が憤り、警察署から奪還した歴史があった。
今その多喜二や信吉が憧憬した社会主義に一寸毛を落としたような国が一時独立した国を再び武力で引き戻そうと侵攻中だ。今ど
き戦争だなんて時代錯誤も甚だしい。プーチンプチプリンは発狂したとしか思えない。
あいつは人間じゃないという声があちこちで聞こえる。
画像新聞よりスキャン>
―――さて講演の伊藤信吉の話だが、詩碑が広瀬川畔にある。
東京から来た本日の講師東谷氏は詩碑を拓本して持参しようと思ったが、群馬はからっ風のシーズンに入り,和紙は空回り、つい
に拓本することが出来なかった.取ろうと思った詩碑は:
ふるさとは 風に吹かるる わらべ唄
今朝の秋 ふるさとに似たる 風ぞ吹く
ここで信吉が歌っているように群馬と言うとからっ風。今日春一番が強烈に吹いたが、2月に一番強い風が吹く。私等高校時代この
北風に向かって自転車通学したが、東京のビル風の方が痛烈だった想い出がある。群馬の詩人は風をテーマにした詩が多いが、
萩原朔太郎にもあったかもしれない。朔太郎も写真に凝って面白いアングルで撮っているが、信吉の写真も全国観光地を巡ってガ
イドブックのような写真が多い。東谷氏研究によると詩を書くために全国を回り、旅が好きでカメラに四季折々の風景を写真に収め
た。何故今回土屋文明館で伊藤信吉の詩ではなくカメラ写真展だったのか言えば、当館の初代館長だった伊藤信吉は全国の詩人
所縁の地を訪ね歩き、名所やさり気ない風景を撮り続けた。その集大成だった。没後20年切りの良い今年企画展を開催したという
ことである。知らなかったな、伊藤信吉が詩だけでなく、写真撮影に凝っていたとは・・・・・。
伊藤信吉の意外な一面を見せてくれた114回企画展だった。
伊藤信吉は「詩をめぐる旅・覚え書 71年 『私の詩的地帯』のなかでこう書いている。
一言にして言えば私は詩が好きである。詩と共に生涯を過ごすように運命づけられている。自分でそんな風に思ったりする。
そこから殆ど無限といってよいほどに、わたしにとっての詩的課題が生まれて来る。・・・・詩的課題は次々に生まれて来るけれど
も、『詩のふるさと』『詩をめぐる旅』の紀行は、実地にその土地へ
行かなければ書くことが出来ない。撮影することもできない。
それぞれの詩の抒情と共に旅をし、その土地の土を踏んで
作者と語り合うこと。それは楽しいけれども、ともかく健康
でなければ百カ所、二百カ所の旅はできない。わたしは
すでに老年である。…老衰しないうちにと言う思いが
次々の旅に私をそそのかした」―――東谷氏のレジメより抜粋


