石原慎太郎氏・追悼
石原慎太郎氏が90歳を前にして「膵臓癌」で亡くなられた。確か野球の星野仙ちゃんやアップルのスティーブ・ジョブズ、元横綱・千
代の富士等々、生前パワフルな御仁がこの病にはお手上げだったようだ。膵臓は内臓の中で場所が場所だけに発見も遅く、手術も
しにくい部署の為、この病で残念な思いをされた有名人は多い。
石原氏の文学のことは余りよく知らない。「太陽の季節」で兄弟愛よろしく、世に脚光浴びた頃、(1956)私はお寺の境内で三角ベー
ス野球に明けくれる洟垂れ小僧だった。上京してろくすっぽ本を読んだことのない学生だったので、自らを叱咤激励する意味で読ん
だ本がたまたま石原慎太郎氏の「スパルタ教育」だった。石原氏の思考はそのまま自民党の擦り寄りで文学者から政治家へ移行す
る。正確には文学・政治の二刀流を目指した。参院選に始めて石原氏が立候補した時、(1968)たまたま家族で湘南へ遊びに行っ
ていた。宣伝カーに立つ石原氏を始めてみた。ミッキー安川が御用聞きのように動き回っていた。
この時海なし県から湘南へ遊びに来た少年はサザエのつぼ焼きを両親に食わせてもらった。その旨さたるや苦味も塩味もすべから
く海の幸は御馳走だった。私の少年時「石原慎太郎をどうぞ、よろしく!」スピーカーからがなり立てる声はそのまま湘南の栄螺のつ
ぼ焼きに結びつく。
画像:新聞>
その後中野区役所でアルバイトをしていた頃、役所で選管の募集があった。石原氏と美濃部氏の一騎打ち(1975)下馬評は美濃部
氏有利、現職で都政に実績があった。ずっと後年になって石原氏は都知事になったが、こちらは田舎にUターンしていて、石原氏が
どんな政策と言動で物議をかまそうがもう都民ではないので関係なかった。
でもこういう政治家は日本では少ないし、希少価値がある。
皆右習え、前へ進めの寄らば大樹の陰政治家ばかりだから、個性派は由としていた。石原氏の言う三国もそう言える政治家は1人
でもいれば、舐めた口をきかないだろうとヘンな偏見がある。
得てして日本民族は大人しく事なかれ主義、理性的?な部分があるから、この逆の思考を持つ民族から言いたい放題、やりたい放
題の憂き目にあう。そう言う点で辛口毒舌石原氏の寿命・日本離脱は悲しいことと思わざるを得ない。。これから日本を元気にして
くれる政治家って誰がいるだろう?橋下徹氏でも返り咲かない限り、一寸見受けられない・・・・私って政治に興味がないだけに偏執
的だろうか?
画像ネットより拝借>
1~2年前から石原氏の容体が思わしくないのは薄々感じていた。テレビで見なくなったし、田中角栄氏や安藤昇氏の自伝めいたも
のの出版が相次いからだ。二人共国家日本をそれなりに考えて生きて来た人物とお見受けしていた。石原氏はこの二人の真意をモ
ット多くの人に知らしめようと粉骨砕身して執筆したように思う。角栄さんはまだ読んでいないが安藤昇氏の本は昨年読んだ。
(MyBlog2021.7月二度に亘って)これでやや満足して昇天して行ったように思える。
安らかに眠り給え。天空から危うい日本が沈没しないよう見守っていて欲しい。冗談じゃない、そんなの知らねぇよ!と言ってるかも
しれない。


