『渋沢栄一が狙った高崎城』大工原氏講演
例年11月は文化講演が多い。昨年はコロナ禍で殆どゼロだったが、2021秋は久しぶりに講演が楽しめる。
高崎市総合福祉センターで今大河ドラマ「青天を衝け」で話題の渋沢栄一が今回テーマになった。私も「青天を衝け」は最初の頃は
見ていたが、一度見るのが止まったら連続テレビドラマなので、止まって以後見ていない。今回のテーマ渋川栄一一派96人で高崎
城を襲撃しようとした計画は、すでにテレビ放送されたらしいが、明治以後日本を大きく変えた偉人がこの時クーデターを起こして戦
死乃至刑死しなくて、ホント日本は助かったと思った。
渋沢栄一もこの時の血気に逸った若気の至りを「雨夜譚」(明治20年半生を語った記録)で「・・・・若し果たして其の時に実行したな
ら自分等の首は二十三四年前に飛んで仕舞ったであろう」と語っている。栄ちゃん生きてて良かったね!
画像:高崎城>
何故渋沢一派が高崎城乗っ取りを考えたかと言うと、高崎城は平城で土塁も低く、8万石程度の御城だったので、容易く達成できる
と安易に考えた。ここの武器、弾薬、大砲類を頂き、横浜の外人居留地を目指し、排斥攻撃を計画した。然し事前に計画は発覚し
幕府の知る所となり、、渋沢一派は京都へ逃げ延びたと言うのが事の真相である。
高崎城は井伊直政が幕命により、西の脅威(豊臣方)に備えて築いた攻勢・防御の御城である。本丸、二の丸2つ、広い面積の三
の丸2つ、当時禁じられていた天守閣あるらしき建て方である。本来なら城主は本丸に居住するのだが、時の城主は二の丸に住ん
でいた。どうも本丸は湿気が強く嫌ったようである。確かに近くに烏川が流れ、洪水の被害にもあったようだが、城の最高立地は守
備・防御が堅固な後方に川や断崖がある所が、攻略しにくい城と言われている。
今回の講師・高崎市歴史民俗資料館学芸員・大工原氏は女性の方で流石に城を調査研究するにも、男性とはちょっと視点が違って
いたので耳新しく面白かった。それは江戸末期ともなると天下泰平、城管理は戦闘と言うより外観美観に重点を置く御城に変貌す
る。城の周りを樹木が囲み,土塁上に何を植えたかが記録に残っている。
それを大工原美智子さんは丹念に合計で何本あり,何の木を植えたのか、つぶさに全調査した。日立コマーシャルソング♪この木
~なんの木~気に成る木~~♪松が多くて~栗もある~ぅ♪
画像・大工原氏→30ページに亘るレジュメを有難う❤
「御城御土居通御植物木尺附絵図」(文化14年11月下旬)から大工原氏が苦労調査した「樹種別」だけ抜粋してみる。合計438本。
松126本,杦(すぎ)125本、欅40本、樫37本、榎95本
楢5本、栗5本、胡桃3本,柿1本、椿1本➡土塁の樹木は土止めとなり、騎馬や車馬の通行を阻止し、弓矢鉄砲の攻撃を防御で来た。
でも渋沢の栄ちゃん、高崎で戦死しなくて良かった。明治時代心広しの一代男は仰山いたろうが、心清らかな御仁はそう多くはいな
かった。渋沢がいなくば日本の近代化はもう少しズレ込んだであろうな。大河ドラマ(青天を衝け)はどこまで進んだか、知る由もない
が、12月に入れば一巻の終わり、再来年はお札でいつも渋沢を拝顔できる。日本を工業化し、世界に対抗できる大国に仕上げた国
作りに着手・貢献した近代国家生みの親、渋沢の栄ちゃんが生まれた深谷血洗島村に向かって、直立!黙祷!再来年新1万円札
が仰山、わが掌にヒラヒラ舞い込むようお祈り申し上げます。(低頭)不純な者にはあり得へん!(天の声)


