『東京パラリンピック2020』テレビ観戦
デルタ株急上昇の中、パラリンピックもめげず、アスリートたちは熱波に煽られながらも善戦している。通常のオリンピックにはない
種目やアレンジした形式で新しいスポーツを日々テレビ観戦している。ホント東京オリンピック開催に合わせたからこそパラリンピッ
クが見られたのだと思う。3人が寝そべって防御しては球を投げゴールを競う視聴覚障害者のゴールボールは面白い。
車椅子ラグビーやバスケットやテニスは日本チームも善戦している。
5000mトラックは伴走者と走る、途中伴走者が変わってもいい。
4人でやるブラインドサッカーはゴールキーパーだけは目明きなんだね、何か違和感あるな。
エジプトの卓球選手はラケットを口で挟んで戦った。
競泳はハンディキャップの人の身体がモロに見えるので、何か見てはいけないものを見てしまった遠慮がちな感覚が拭えない。
陸上競技になると義手や義足になるので、こちらの方は目が耐えられる。もう我々も見た目は兎も角老人と言う弱者だから、同じ人
種であることに変わりはない。もっと注目して貰いたいとは思わないが、ほっといてくれと言う感じはある。(本音?)最近夜散歩しな
がら老人の孤独を考えるのだが、パラリンピックに出場したアスリートたちは先天的にしろ後天的にしろ、障害にぶち当たって目標
を持ち、心身鍛え上げての参加だから立派としか言いようがない。ケッコー若い人の参加が多いのもいいこと。
「失ったものを数えるな。残されたものを最大限生かせ!」パラリンピックの基礎を作った
ルートヴィヒ・グッドマン博士の提唱が綿々と生きているのである。
障害者が立ち直るのに薬や助言よりスポーツをやることが一番の特効薬とグッドマン氏はいい、弟子の中村氏はそれを実行し続け
た。
―――あと日程も残り3分の一、デルタ株に負けず、そして打ち勝って
東京でパラリンピックに出場できてよかったと思って貰いたい。
私も恥ずかしながら見られて有難かった。
画像64東京パラリンピック>
私はこういうポスターを始めてみた。東京オリンピック64のあった年にパラリンオリンピックが開催されていたなんて・・・・。
今迄ハンディキャンプのある方々は肩身の狭い、市民権を得ていないLGBTの人達同様、迫害差別を受けて来た。でもこれを契機
に
我々ももっと身近に見えて来たし、今後視線のやり場のない意味が変化していくことを期待したい。オリンピックの提唱者クーベルタ
ン伯爵を皆が知っているように、パラリンピックをオリンピックと同じ開催国でやることに尽力貢献した日本の中村裕氏のことも忘れ
てはいけない。64年に始まったオリンピック&パラリンピック同時開催は中村裕氏の八面六臂の活躍が無かったら、10年先20年先
誰が推奨してこういうシステムが完成したか、分からない。遅かれ早かれ同時開催にはなっただろうけど、中村氏のような強引で無
鉄砲な医師(国立別府病院整形外科科長~後にイギリスに研修)がいたからこそ早期完成を見たのだ。
ソニーの井深大も本田宗一郎氏もオムロンの立石氏も皆やがて呆れて従った。まるで日本のスティーブ・ジョブズのような人格であ
ったらしい。
画像中村裕氏と宣誓する青野氏>
パラプレジア〈対麻痺〉とオリンピックを合わせてパラリンピックと言う。この時パラリンピックは産声を上げたのだが、戦績は最悪だ
った。ゲームをするような車椅子が日本にはまだなく、重く小回りも利かず第一乗り慣れて居なかった。ヨーロッパから発注して試合
に臨んだが、一番弱いと見られたフィリピンチームにもワンサイドゲームで負けた。観覧席から皇太子・妃殿下に説明しながら試合
を見ていた中村氏も余りのテイタラクに声も出なかった。車椅子の発注経費を皇族に依頼した部分もあったから・・・・。2020の車
椅子ラグビー&バスケットなど見ていると、軽量で即妙、転んでもすぐ立ち上がる素晴らしい乗り物になっている。丈夫で体当たりし
ても壊れない、逆に人間の方が壊れそうなぶちかましを展開していた。宣誓をしている青野氏は戦傷者で脊髄に2発弾丸を受けた
為、下半身は麻痺した状態だった。でもリハビリの一環でスポーツを取り入れたら心身共に回復してきた。この当時見ても分かる通
り、ジャージにNIPPONという国名が見える。これが制服に値して青野氏は随分不服だったらしい。世紀のオリンピック選手は紅白の
制服を着て、国立競技場で開会式を行進したわけだし、パラリンピックの少数の日本代表は選手村の練習競技場で開会式だったわ
けだ。
面白いはずがない。でも2020東京パラリンピックは同じ紅白の制服を着て、国立競技場で豪華な開会式があり、9月5日には晴れて
閉会式に臨む。後はオリンピック選手たちのように米中の次位にはメダル数を取る選手層を作り上げることだろう。国家的援助と日
本人の体に合った種目別の練習方法と筋肉鍛錬法の会得。まだまだ日本のパラリンピック選手状況は発展途上国並みのレベルで
あると思わざるを得ない。
それには今後パリに向けて多くの選手層の確保が必須と思われる。
ハンディがある方もリハビリの一環でスポーツをやることが如何に後の人生に行燈の光が絶え間なく注ぐことを知って欲しい。
映像>
私は5~6年前だったか、右膝の軟骨がすれて痛み出し、トイレにも座れない状況になったことがあった。その時整形外科のドクター
に言われたことは加齢で筋肉が無くなっているから筋肉を付ければいいと言われた。それでプールに行って水中散歩を半年以上や
ったかな。そしたら不思議、ホントに膝が痛くなくなり、普通に歩けるようになった。その時行ったプールが二つあって伊勢崎の東プ
ール、同じく県立だが伊勢崎市下触町にあった障害者用スポーツ施設だった。ここにはテニス場、陸上グランド、アーチェリー等々、
広大な敷地の障害者用スポーツセンターだった。ここでハンディのある人と一緒にリハビリをした。伊勢崎では65歳以上は入場無料
だったので非常に助かった。


