コノドント館と岩宿博物館と相沢さんと・・・・

 

 

昨年孫を連れて夏休みの宿題のヒントに大間々コノドント館へ行った。当時のS館長は私のコレクションを展示してくれた縁もある

 

し、何かと面倒見のいい御仁である。今年は残念ながら当館で仕事していないが、定期的に企画展示があると招待券を送付してく

 

れるので有難い。しかし今年も孫と一緒に岩宿博物館共々訪ねようと思ったが、県が警戒度4、蔓延防止地区から緊急事態宣言県

 

へ入る予定になったので、行くづら無くなった。(閉館中)岩宿博物館は群馬の誇り、相沢忠洋氏が岩宿の赤土(関東ローム層)の中

 

から旧石器時代の石器や石斧を発掘したことから始まる。関東ローム層には人工の物は出ない、人類はまだ関東周辺には暮らして

 

いないと言う学者の通説が罷り通っていた。昭和249月発掘グループが赤土から石斧が発見された時、群馬は空前絶後の大騒ぎ

 

になった。この岩宿発掘の功労者が相沢忠洋さんだった。私は24年まだ生まれていないが、相沢忠洋さんの名前は高校時代から

 

知っていた。日本史の教師が授業の時、大化の改新等話すより相沢さんの考古学を話す熱量が半端じゃなかった。

 

話し始めたら「相沢さんは」が出始め日本史の授業ではなく、考古学の授業になった。もう相沢さんがが始まるだけでトラウマに

 

なって、ウンザリ寝るしかない位だった。だからこの先生の相沢さんのことを話した内容のことは何も覚えていない。最もかく舌〈👅

 

も豊かではなかった。今回孫の夏休みの宿題の糧になるかと相沢忠洋著「岩宿の発見」と言う本を読んでみた。

 

読めば成程、ことを成就されるような御仁は魂が高貴。

 

純粋で一途で戦前生まれの日本人ってこういう一本気な方が多かったですな。何か関東ローム層で発見されべくして旧石器の石斧

 

が出て来たような気がしてくる。キャサリン台風は昭和22年、群馬にも猛威を振るい甚大な被害と死傷者を出した大きな災害だっ

 

た。

 

この風雨が赤土の壁を削りながら、人工の遺物(石器)を相沢さんの目に触れるよう出て来た錯覚に捉われる。他人は幾つも相沢さ

 

んが大事な石器を発見できるのを訝しく思った人もいるし、捏造まがいなことをやっていると疑う同好の士もいたようだ。

 

然し年中狂ったように考古学の本を読み、時間があれば赤土を眺め、その為の仕事さえ拘束されない発掘のみに照準を合わせた

 

行商の仕事と言うのも憐れな気がしないでもない。もう少し立つと会社社長の川田と言うスポンサーと言うかパトロンのような援助者

 

が現れるのだが、経費が掛かる研究・学問と言うことに変わりはなかったのだ。

 

このバイタリティの源は何なのか縄文時代の暮らしの中に一家囲んだ団欒を垣間見た。その憧れだと相沢さんは言っている。

 

欲しかったのは名誉でも名声でもなく、少年時から一家離散(両親の離婚)、明るい団欒が縄文時代の家庭が空想して見える、その

 

憧憬。淋しさがまぎれる大きな原動力がここから湧き出たと後年述懐している。

 

考古学に一心不乱に接することで孤独から脱出できたと・・・。

 

画像>槍先型尖頭器   相沢さん自ら発掘

 

相沢さんの書いた本は読み易い。会話調が中心で学者の文章と違う。難しい考古学ではあるが素人との中間地点にどっちつかず

 

の相沢さんの報告があって我々は有り難いし、考古学が理解しやすくなる。今では「相沢さんが」を繰り返し授業したあの憎き日

 

本史教師さえ、懐かしく思えるほどだ。昭和の10年代あの頃学問、芸術、事業等を順調にやっている人は戦争が起こり、その多くは

 

無念中断された。戦後(昭和20年~)又仕切り直しで再開し始めたわけだが、達成していた人は兎も角、未達成であった人々にはか

 

けがえのない時空到来に思えたかも知れない。相沢さんの奇異な人生は東京の人でありながら古墳〈群馬は多い〉と開発に沸く群

 

馬に来たことである。父君が幸い群馬の中でも爆撃を受けなかった桐生の出身者であったことだ。群馬出身者なら親兄弟親戚と共

 

に復古生活に明け暮れ、趣味に没頭する環境は提供され得なかったろう。或る種独り身であったが故に自由が許されたと言っても

 

過言ではあるまい。戦前群馬にいた時、軍隊に入らなければなるまいと志願する。群馬出身者は大多数陸軍を選択するのだが、相

 

沢さんは海軍を志願する。別れた母親は横須賀にいて万が一会えるチャンスがあるかも知れないと海の人となる。戦争も後期、つ

 

いに相沢さんも訓練を終了し、呉に配置される。そこで巨大な戦艦が太平洋を出港する姿を見た。それが噂の戦艦大和。美しいフォ

 

ルムの軍用艦。其の23日後戦艦大和は海の藻屑と化した。戦争は終わりを告げた・・・・・・。

 

1949.9.11発掘調査の参加者は右から杉沢荘介、芹沢長介、岡本勇、

相沢忠洋、加藤正義、堀越靖久といった面々・・・・・・。

 

画像>コノドント館で開催中