『角栄と娘真紀子と愛人佐藤昭と‥・・・』
入院して腹を切る手術をして、この獣道三者関係の本を読むのはいささか腹部に悪い。けど私等角栄さんの隣県に住んでいる者と
して、列島改造論時代の角栄さんを知っている人はロッキード事件被告になっても悪く言う人は少なかった。吃音直しに浪曲を学ん
だ位だから、弱きを助ける人情味があった。寧ろ狂気の昭和元禄、隣県のヒーローとして持てはやされた。私等ファミリ―は踊らさ
れなかったが、
ちょっとした小金持ちなら銀行から金を借りて、田畑を買い占め、転売する輩が続出した。そのカネ余り現象は日本だけに留まら
ず、海外の物件にまで手を広げた。―――そして狂乱の時代は去り、皆千昌夫や岸部シローのようになり下がった。でも戦後土地
の値上がりに目を付け、土地ころがし濡れ手に泡方式を始めたのは角栄さんが進めたわけではない。
人間の本能として人より幸せに、誰よりも裕福になりたいと望む、サルより他の毛が3本多いホモ・サピエンスが精出す「性」「業」な
のである。
画像・本>
入院した時「田中真紀子」研究 文藝春秋刊の読書は遅々として進まず、何故なら術後の腹が痛すぎて(鼠径部)、オリンピックのテ
レビが日本人メダルラッシュを煽り,何と言っても椅子に座っての読書を拒んだのが、近くにあるクーラーの寒さだった。長袖を着
て、又は手甲してまで本を読む情熱は下腹部の痛さに一蹴された。それでもこの三者三様の狐狸合戦を折角書いて今年昇天してし
まった立花隆氏の為にバーチャルリアリティに乗せて置こうと書き記す。
ジャーナリストの鑑,理系文系相互に栄える知の巨人・立花隆氏のことを少しでもネット上に乗せて置こうと思った。
政界人情家とも思える角栄に甘やかされて育った愛娘真紀子は片や20年以上角栄の金庫番として一子まで設けている佐藤昭の薄
幸は角栄が脳梗塞で倒れ、目白邸で真紀子に囲われた時から始まる。
角栄の選挙資金を管理する秘書たちは佐藤昭はじめ日本全国に沢山いた。身近にいた早坂秘書やその他大勢をクビにし、金庫の
鍵を手渡すよう要求した。自分の親の金を他人に持っていかれるのを極度に恐れたからである。角栄が元気な時でも大部分の秘書
と気持ちは繋がらず、古い人でも使用人扱い。彼女のモットーは人間は敵と家族と使用人しか世の中にいないと公言している。早坂
秘書も角栄の事を書いた書物で「かごに乗る人担ぐ人」を書いているが、安藤昇氏の本を読んでいる時にこの次に続く言葉があっ
た。それは草鞋を作る人。真紀子に取って世の中大部分は草鞋を作る人で占められ、人を人と思わない見下す目線は父親角栄に
は間違ってもない感性だった。どうも考えがまとまらず、ダラダラ書いていき、結局は真紀子の悪口だけに終始しそうなので、書くの
を止めることにした。どうも父親と違い政治家のDNAは持たなかったようであり、彼女が政治家を辞したことは国民にとっても真紀子
本人にとっても良い結果になったと思う。
以下はその時のMEMOである。一緒に掲載するので立花隆評の真紀子像であることを認識されたし。
MEMO
田中真紀子 研究 立花隆著 文藝春秋刊 2002
田中角栄研究 金脈と人脈 文芸春秋 1974
人間のスケールの大きさと人間味とワルさを身に着けた角栄
其の真逆に弱い者虐めが好きな真紀子
真紀子の外務省問題、秘書問題?
荒船清十郎に似ている角栄 幹事長まででいいだろうと言われた角栄
権力を持つとストップがきかない
佐藤昭は言った「やはり野におけレンゲ草」➡私の田中角栄日記
愛人佐藤昭―愛娘真紀子の格闘 更に竹下登
オールドバーがぶ飲みの角栄 酒量UP ウイスキーは糖分が少ない
親を「目白の骨とう品」と呼んだ真紀子 小渕のこともぼろ糞
佐藤昭と角栄の間を真紀子が閉ざして、二人はより不幸に
真紀子はどんな人をも使用人扱いする人だった。
安藤昇が言っていた「籠に乗る人,担ぐ人、そして草鞋を作る人」
真紀子は「人間は3種類しかいない、敵か家族か使用人か」
真紀子曰く「小渕は凡人、梶山は軍人、小泉は変人」➡真紀子は狂人?
北朝鮮で生まれたなら、北朝鮮に帰すべき発言〈拉致問題〉
歯に衣を着せぬと最初豪快に聴いていたが、要はデリカシーと神経の足りない
御仁だと解れば、聞くに堪えない愚者
政治家と言うより辛辣なコメンテーターならば食えるかも?言っていることに責任追わないからね。
改革の旗手の人物が実は?とんでもない食わせ物だった
真紀子は官房長官をやらせろと小泉に迫った。小泉は真紀子のお蔭で総理になった。角栄の助言もあって外務大臣に任命した。
1994年科学技術庁長官の時も問題を起こした。クリスマスカードの回収を命じた➡恒例事業だったが真紀子は嫌った。クリントンに送ったものも回収
「外務省は伏魔殿」と言ってマスコミを面白がらせた。ワイドショーの人気者となった。
ディズニーランドで逮捕した金正男を即出国させたのは真紀子。
外務省は拉致事件被害者の交換期を逸した。
3.11 アメリカ同時多発テロが起きた時、連絡がつかなかった。
指輪紛失事件で秘書を泥棒呼ばわりした➡✖✖大臣豊田真由子と同じ発言が強い
角栄胸像事件(中央工学校が母校)➡真紀子は壊せと命じた。
角栄の秘書であっても田中家の執事ではないと山田秘書は真紀子に言った
総裁になるには「天の時 地の利 人の和」を得ないと駄目
議員は多すぎ勤続25年を限度とすべし。
陳情口利き政治➡角栄 真紀子はこれを拒否
建設省に強いので橋でも堤防でもすぐ作らせる、するとそこの土地の値が上がった。信濃川河川敷は金儲けの対象
会計士、税理士、弁護士を雇って賄う。議員にものを頼むと言うのは日本の慣例
➡就職、進学、よろず相談
角栄はユーレイ会社(架空)を沢山持って、脱税や蓄財を図った
ランボーまがいの孤立無援の戦い方 敵も味方も粉々
1971年 日米繊維交渉で通産大臣角栄が手腕を発揮
コメの一部自由化➡ウルグアイ・ラウンド1995年
コメは国際価格の10倍 牛肉は国際価格の5倍
道路整備費をガソリン税で賄う発案は角栄
高速道路料金を高くして、道路整備に使う発想も角栄
道路整備をするのは口実 側道の件 実は100%完備
角栄請負生活42年 立法33件
建設費に出来るだけ予算を回す「土建屋による 土建屋の為の政治」
新潟少年角栄が土方日銭50銭で学んだこと
「パナマ運河で太平洋と大西洋を繋いだ。スエズ運河で地中海とインド洋を結んだ」三国峠を切り崩し、その土を海に運んで佐渡と新潟を結ぶ。
角栄最初の選挙は落選した。勝つ選挙を学んだ
角栄はバブルの頂点の時期に脳梗塞になった。(1993歿)
真紀子の秘書は名刺を寄こさない、名乗ってもいけないと真紀子に言われていた。佐藤昭と真紀子の年の差は16歳
真紀子は高校2年から3年アメリカ留学 後に早稲田
劇団「雲」に入り、直紀と結婚
児玉隆也が「越山会の女王 佐藤昭」を文春に掲載
神楽坂の辻和子の所にも2人の息子がいた。佐藤昭(2010歿)には娘一人
角栄退陣は真紀子の怒りから~しかし辞めた後三木・稲葉で逮捕されることになった。
「心の旅路」と言う映画に角栄は感動した。
角栄の一番秘書が(田中利男・従兄弟)が真紀子のイビリで自殺した
角栄は糖尿病で両足を(付け根から下)切断していた


