深田祐介著「美貌なれ昭和」神風の飯沼&塚越の生涯

 

私が5月下旬、群馬県倉渕村にある小平の里・道の駅で見たポスターは驚くべき偉業を伝えていた。昭和12年「盧溝橋事件」が勃発

 

する数か月前、国産・三菱重工の一枚翼飛行機「神風」で二人の飛行士が

 

東京―ロンドン間を約5日間100時間切って、ドーバー海峡を越える快挙を成し遂げた。その時の機関士の銅像がこの人「塚越賢爾

 

氏」だった。もう一人は操縦士「飯沼正明氏」。(こちらはポスター掲示なし)この人は長野の安曇出身で昭和初期にしてはかなりハイ

 

カラな感覚のパイロットだったようである。

 

写真画像:美貌なれ昭和より引用>

 

嘗て日本航空に所属していて作家になった深田祐介氏は何故難解な「美貌なれ昭和」と言うタイトルで当時世界記録を樹立した二

 

人の飛行士を描いたのか。もう一人海外で認められた天才バイオリスト「諏訪根自子氏」も同時にである。これだと二人の飛行士と

 

接点が出来、ロマンスが芽生えて大空をかけめぐる世紀の恋の誕生でもあったかのようである。然し作者の本意はここにあらず。東

 

京ロンドン間を世界最速で飛びぬけた二人と芸術で本場ヨーロッパでも通用したバイオリンのテクニックを絶賛した吉川英治氏の

 

「美貌なれ国家」の一文に深田祐介氏が肖って書いたノンフィクションだった。(因みに世紀の恋はかすりもせず、噂さえなかった)

 

昭和初期のヨーロッパの日本人のイメージは「模造品作り」「野蛮乱暴」「醜悪平たい顔」等々であった。しかしこの時登場した日本

 

人の飯沼は美男、塚越は日英混血で彫り深く、諏訪は美女であった。外面はヨーロッパ人に劣らぬ美形と知性を身に着けていた。

 

その両者を深田氏は伝えたかったのである。ロンドンに着いた日本飛行士二人はロンドン、パリ、各ローロッパ都市で大歓迎を受

 

け、勲章も数々授与された。日本でも狂喜乱舞して提灯行列で二人の功績を讃えた。二人は夢心地でヨーロッパを堪能したのであ

 

る。然しである。日本は矢張り蛮国に毛が生えた程度の国家であることを露呈する。大体が世界では単独で飛行、又は無着陸で太

 

平洋や大西洋を飛翔すれば、帰路は船で戻るのが当たり前であった。所が何を血迷ったか所属の朝日新聞社は同じ飛行機で往復

 

帰還させたのである。エンジンが中島製(後の富士重工)とは言え、大分無理させた。事故やエンジントラブルでも再発したら、その

 

責任は重大であったろうと思う。だが二人は飛行や歓迎レセプション等々の疲労も抜けないまま6/14背広で(まだ飛行服と言うのが

 

充実してなかった)操縦して立川に帰着、国民の祝福と歓迎を受けた。まだ彼らは軍人ではなく朝日新聞社の社員であったのが幸

 

いした。もし軍人であったら機械の不備や天候の不良でも問答無用で飛ばなければならないだろうが、民間人であったから東京ロン

 

ドン間も一度大声援に送られながら出発しても、悪天候で戻る勇気を実行していた。その後ロンドンに向かって再離陸したのであっ

 

た。

 

やがて日本も戦争に突入し、二人は戦争輸送に駆り出され、飯沼氏が夢見たA26での東京―ニューヨーク間飛行もお蔵入りになっ

 

てしまった。塚越氏はA26で輸送中、インド洋で墜落死。その前年飯沼氏も失意のうち誘導路を歩いていて、プロペラに巻き込まれ

 

て不慮の死を遂げた。「名パイロットはプロペラに打たれて死んではならぬ」飛行士の心得である。飯沼氏は操縦室に居て人がプロ

 

ペラに巻き込まれて死んだのを間近に直視した。ずっとそれがトラウマであったと言われる。組織では飯沼氏の名誉の為真実は隠

 

し、マレー飛行中敵の攻撃に寄る戦死と発表した。一度はひのき舞台に立った二人ではあったが、忍び寄る暗い時代の見えない夢

 

魔に消し去れてしまった。誰もかれも昭和10年~20年の間、多くの優秀な日本人が人生を狂わさられ、翻弄されて舞い散った。さな

 

がら桜吹雪の如く、鮮やかに寂しく飛んで行ってしまった。戦争は二度と起こしてはならない。悲しい姿の人達を見るのは忍びない、

 

もうコリゴリだ。

 

 

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この曲は(遂げたり神風)世界記録達成を記念して作られた曲である。

作曲は朝日新聞社主村山の長女美智子。あわや飯沼と結婚するかも?と噂された才媛である。昭和初期の曲だから、何処か長閑な調べである。それに引き換え昭和元禄時、流行したFM東京の

「ジェットストリーム」軽快な城達也の語りと大気圏を巡航するエアラインのゆったりと恍惚感滲む夜間飛行~ミスターロンリー♪

70~80年代カセットラジオでさんざ聴いた。あの頃が懐かしく思い出される。遠い宇宙の彼方に誘ってくれる名番組であった。