『駅の立ち食いそばが懐かしい‼』

 

平松洋子さんは面白いことを書く作家で幾つか食リポエッセイを読んだことがある。突貫インタビューがお得意で発想がユニーク。

 

10年位前だったろうか始めて平松さんを知ったのはエッセイではなく、読売新聞で掲載されていた書評だった。確かドキュメンタリ

 

などの読後感と評価が卓抜で、対象者の作品より平松さんの語彙の豊富さが美文だと思って読んでいた。書評は楽しみで毎週読ん

 

でいたが、其の内図書館で平松さんの名前を見ると幾つか借りて来て読むようになった。今回のたまたま昔駅前で食べた駅そばが

 

テーマだったので喜び勇んで借りて来た。

 

私も50年前は東京にいて中野や渋谷で、もっと遡れば中高時代,駅のプラットホームにある立ち食いそば屋のファンだった。電車が

 

発車するまでの数分、スリルとサスペンスを味わうべく、出発ベルが鳴り響く迄食べ続けたものだ。青春と立ち食いソバは重なる。

 

40年前地元に戻ってからは車社会で中々立ち食いソバに接する機会はゼロになった。平松さんの本書を読むと昔の思い出が蘇っ

 

て懐かしい。

画像本書:獅子が蕎麦食う>

 

今東京で提供される立ちそばは「富士そば」を中心に値段はリーズナブル其のままに味は格段UPされたと聞いている。材料はいい

 

もの使っているし店主のそば作りに賭ける情熱が半端じゃない。

 

万人が美味しく感じるわけだ。第一女性客の増大が物語るように世相が一変した。私が立ち食いそばを中野辺りで食べていた頃は

 

「ラーメン屋」「居酒屋」「立ち食いそば屋」にて単独で飲食する女性客など皆無だった。それが今やどの分野でも男女問わずお一人

 

様が多い御時世になった。今回約30軒ほど立ち食いそば屋が紹介されているが、50年も経って一軒だけ私が食した立ち食いそば

 

屋が掲載されていた。

 

「田舎そば かさい」サンモール入り口の隣にあった蕎麦屋。その隣のケンタッキー・フライド・チキンにも良く寄って食した。その隣の

 

ビルの上にあったキャバレーでは金が足りずに時計を没収されたこともあったっけ!苦い思い出で翌日不足分を支払って時計を返

 

して貰ったっけ!「立ち食いそば

 

かさい」つごう二桁は行ってないし、店主の顔も思い出さない。中野在住中特別行きつけの店があったわけでもなく、親しく接した

 

飲食店があったわけでもない。東京は殺伐として遊ぶところではあったが、暮らすところではないと若い頃から見切りをつけていたの

 

で、卒業と同時にUターンして就職してしまった。今考えればそれが良かったのかどうだったのか考えるようにもなった。東京に残っ

 

ていれば多分東京の立ち食いそば屋は8割強は制覇したかもしれない。私はUターンしてから働きながら趣味でビール空き缶収集、

 

二宮金次郎像追っかけ、群馬ラーメン屋の食べ歩き等々、自分でも知らなかった凝り性性分で回りから呆れられる余暇の取り方だ

 

った。称賛されることもままあったが・・・・。三つ子の魂百までも‥‥百まで生きられれば儲けモンである。

 

画像下記は2010.3月JR伊勢崎駅高架化に伴い、長年乗客に親しまれていた立ち食いそば屋閉店時の最後の一食ルポである。蕎

 

麦味は美味しいわけではない郷愁を味わったのだ。