木製電柱って懐かしい!
昨年送電線の鉄塔をBlog upした時、木の電柱も探して見たが、令和の時代それは無理な話で大部分はコンクリート製になってい
た。それでも須賀亮行(かつゆき)著「電柱マニア」を読むと、まだ群馬にも富岡製糸所で木の電柱が現役で活躍しているそうだ。古
い施設はありそうな話である。
日本初の電柱は明治2年東京—横浜間の電信柱だった。電力柱はそれから遅れること18年210V の電灯線を日本郵船—東京中央
郵便局間に立てられたのが最初である。平成30年の調査では約3592万本の電柱が日本では立っているそうだ。殆どはコンクリート
製だが100%ではない。どうしても木製の電柱を生で見るのは不可能なので、日本のノスタルジーを感じるような本を見つけて、木製
電柱を探して見た。そしたら「あるわあるわ」「でるわでるわ」仰山明治大正昭和にかけて大都会で懐かしい電柱を垣間見ることが出
来た。
画像>丸の内三菱館。外車はイギリス製ハンバー 明治43年頃
画像>㊤霞が関官庁街パノラマ㊦1913年横浜からマルセイユに送られた絵葉書
画像>㊤四谷見附より市ヶ谷陸軍士官学校を望む㊦四谷見附 電車が停車
画像>明治36年開通した電車
画像>銀座通り
画像>㊤銀座通り カフェ・ライオン右手㊦大正8年~10年頃
青いバスが登場した
画像>銀座通り 右手は服部時計店
画像>銀座通り
画像>銀座通り 右に柳が見えるが大正10年銀杏に植え替えられた。関東大震災に見舞われたのは大正12年である。
UPした電柱が写っている絵葉書や写真は石黒敬章著「明治大正昭和東京写真大集成」からスキャンした。この大型豪華本には
1400点もの東京の懐かしい風景が網羅されていた。私が見ていて、こういう風景が明治期に見られたのかと驚嘆したのは、東京に
も幾つかあったという凱旋門だった。本書の中だけでも日本橋、神田、青山、浅草、新橋の凱旋門の写真が掲載されている。資料に
よれば東京は他に三越前にも京橋にも万世橋にもあったという。日本で今尚現存する凱旋門は鹿児島や浜松にもあるらしい。いつ
作られたものか定かでないが、日本で凱旋門建造続出の始めは日清日露戦争で兵隊勇姿の行進を見たが為であったろう。そんな
に幾つも作らなくていいものを
時の金持ちや町の顔役有志達がこぞって、あの町で凱旋門造ったのなら我が町でも作らにゃいかん。競って作ることが流行ったの
であろう。新橋の凱旋門は高さが18m、月桂樹、錨、大砲など装飾して立派なものなんだとか・・・・・。ナポレオンが作らせたパリの
凱旋門もっと地味でケバケバしさがない重厚な建造物に見えるが、伝統の緑門を応用した日本製凱旋門はちょっと西欧の凱旋門建
造物とは趣が違う。












