力士・雷電為右衛門
大相撲初場所も2横綱不在、力士にコロナ感染者が出たにも拘らず興行している。今場所も日替わり定食ではないが、初優勝力士
が出る公算が強い。2020年は年間6場所同じ名称の優勝力士の名はなく、番付幕尻の力士が2名優勝した。(徳勝龍、照ノ富士)
そんなことは大相撲長い歴史の中で前代未聞なことだった。
それは2横綱の力が衰え、年内にも引退の声が聞こえそうだが、その隙間に横綱になれるような力の大関や三役陣が不在というこ
とも原因している。今場所も時間が許す限り幕内の取り組みをテレビ観戦しているが、大関3名は2桁上げるのが精一杯(貴景勝は
不調)
通常なら2横綱がいないから2敗の黒星は計算しなくていいはずなのだが、コロナで稽古不足なのか、幕尻から大関迄団栗の背比
べ、群雄割拠の時代に突入している。今場所も後6日間、誰が前頭筆頭
大栄翔の快進撃を止めることができるか?それが目玉。
この前ちょっと面白そうな絵本があったので借りて来たのだが、
その話を一席!
講談:神田伯山の相撲話。力士の名は雷電為右衛門。江戸後期の時代の強~え大関の話である。雷電は長野県の生まれ、生まれ
た時からデカかった。力士になってからの体の大きさは197cm169kg
現役力士で言えば差し詰め逸ノ城クラス。それにスピードと気力が充実しているから向かう所敵なし。勝率は.962(254勝10敗、35場
所)江戸時代は1年1場所が多く、殆ど負けたことがないに等しい。
また力が強すぎて相手力士の身体を壊してしまうので、相撲48手の決め手の中で「張り手,かんぬき,てっぽう」を禁じられてしまっ
た。
それでも雷電は勝ち続け、伝説の力士になった。だが横綱になれなかったのは、雷電の活躍した時代、横綱は名誉最高位みたいな
もの。番付の最高が大関で東なら大書されて「大関雷電」と書き込まれた。
雷電の詳しいことは現在のような舞の海みたいな解説者がいなかったからか、確たる証拠、記録も無い。只強い力士だった、デカい
力士だったと言う口伝が講談等で語り継がれているに過ぎない。
画像雷電>画像>右は諏訪神社上宮本宮の雷電像。東京富岡八幡宮には横綱歴代力士の名前と共に無敵力士として名前が刻まれている。
私も少年時代初代若乃花を応援し(ライバルは栃錦)柏鵬時代は柏戸のファンで輪島、北の湖、貴乃花の時代は8勝大関貴乃花が
土俵に咲いた悲しい花だったな。人気があって小柄だったから,シッチャカメッチャカに大型力士にぶん投げられていた。それから
千代の富士の時代になり若貴ブームが来た。10年位モンゴル力士隆盛時代があって、暫く相撲観戦から遠ざかっていたが、万年勝
負所で痛い星を落とす天才児稀勢の里がいよいよ横綱になりそうになって来たので、相撲観戦をカムバックさせた。然し大器稀勢の
里は横綱数場所で痛めた箇所が完治せず、早期引退を余儀なくされた。人の運命ははかなくスムースに行かないものである。相撲
界は現在スター不在なので、今後雷電為右衛門のような力士を望むものである。
お後が宜しいようで―――。




