『渡哲也』惜しい人の死

 

コロナ流行の8月、長年ファンだった「渡哲也」氏が亡くなった。

 

すぐ追悼文を書きたかったが筆が進まなかった。然し昨晩夢で渡哲也氏が現れた。バスに乗る渡氏に乗るべきバスを教えた。会話

 

はゼロ、渡氏は頷き私の言うままに指示されたバスに乗り込んだ。ただそれだけ。そもそも夢を見る時は尿意を催した時だ。浅い眠

 

りに入り膀胱の張りで目覚める。最近「わが頻尿譚」と言うメモ日誌を書いているので、夢も見がちだが尿も出がちである。そこで遅

 

ればせながら渡哲也氏の追悼文を書く。―――日活時代の「東京流れ者」(鈴木清順監督)は素晴らしかった。この主題曲は今も私

 

の好きな歌の一つ。独身時代会社の宴会で始めて歌ったのも♪東京流れ者。会社の朝礼で始めて『今日の一言』何かを語れ!で

 

話したのが吉永小百合が中年のテレビ会社ディレクターにかっさられて、渡が気の毒で延々語ったのもこの内容だった。(小百合の

 

父親は事業で失敗し、多額の負債を抱えた。小百合は一家の柱を背負わされた。何処か美空ひばり一家に似た節がある。娘は一

 

家の為に人生を棒に振った)

 

日活がロマンポルノへ移行し、行き場の無くなった渡哲也を東映が第二の高倉健を目論んで引き抜こうとしたが、封建時代の家老

 

のような考え方の渡は殿様として石原裕次郎に忠義を貫いた。東映は鶴田浩二にしても菅原文太にしても今一つダークヒーローに

 

及ばない。渡哲也が東映ヤクザ路線に噛めば、やくざスター二枚看板が出揃ったのだ。

 

然し映画界は斜陽に向けてまっしぐら、テレビが庶民のおもちゃ箱の時代になって行った。そこで石原プロ以降渡哲也の個性は一

 

元化され、比類なき才能の無限性はそぎ落とされていった。それは渡本人が望んだことだから他人がとやかく言う問題ではない。だ

 

がファンとしては吉永小百合と演じた時のような純愛もの、高倉健が独立した後描いたような影引く人物像、そのような迫真の渡哲

 

也の演技も見て見たかった。没後NHKで固~い弁護士役の渡哲也を放映していたが、あぅ~いぅ~渡をもっと見たかった。

 

 

私は10代の頃赤木圭一郎のファンでその後加山雄三、谷隼人、皆彫の深いギリシャ系顔立ちの男優ファンだった。20代に入って声

 

がド太い、何処か生真面目な渡哲也のファンになった。二つ上の先輩が空手をやり、その動機が渡哲也の空手映画に毒されたもの

 

で、稽古相手にされた縁から渡ファンになった。東京流れ者♪の歌は竹越ひろ子よりヒットせず、【詩も違うし曲も最後が違う】カラオ

 

ケが流行しても渡哲也の歌う♪東京流れ者は曲目リストになかった。

 

だから♪くちなしの花がヒットした時は嬉しかったな。カラオケではよくこれを歌ったもんだ。

 

 

赤木圭一郎、高倉健、渡哲也は銀幕のスターであり、身近な存在ではなかった。それこそスター、星は空にあり、手の届かない雲の

 

上の神に近い憧憬であったのだ。今の庶民のように身近にいるブラウン管や液晶画面から小さく頷く、自分の顔より矮小な存在では

 

決してなかった。長い間大スクリーンに映し出される巨星であったのだ。見上げれば澄んだ秋の夜長に瞬く赤木星、高倉星、そして

 

渡星よ、永遠に大宇宙で輝き続けて欲しい。その雄大な場所こそあなた方には似つかわしいかも知れない。慎んで合掌!

 

♪東京流れ者