ヤフージャパンを立ち上げた井上雅弘の金使い
井上雅弘(以下はI)はいくら金があるとはいえ、凡人から見れば金銭感覚は常軌を逸しているかも?昭和バブルの頃それに類する散財・浪
費の類はあちこちで見受けられたが、まるで生き急ぐかのように又は死に急ぐかの如く各所に金を使いまくった。世の金持ちもこのように蓄
財せず、どんどん世の中に金を巡回させてくれれば、もう少し日本経済も潤滑に行くものを使わず溜め込む吝嗇が多過ぎる。
でもIは自分の資産の極一部を使っただけに過ぎず世を去った。ちょっとゲスの勘繰り、ない者のひがみ,憧憬を込めてI氏の浪費?を綴って
みる。まずヤフー時代に購入したものが箱根の別荘。それもニュージャパン火事で悪名を轟かせた故・横井氏のもの。30億円の隠家に週末
になると一人出かけた。箱根湯源泉かけ流しの特注大風呂でゆったり寛いだことだろう。その頃ソード時代に知り合って結婚した奧さんとは
離婚していた。余計金に糸目をつけるブレーキ材料はなかった。別荘の設計相談は自分がオーナーになっている在京のフレンチレストランで
仕事後打合せをした。この店を任せていたのも愛人と思しき女性でカリフォルニアでクラシックレースがある時は事故前ずっと同乗していた。
数年かかって出来上がったIが満足行く別荘にはクラシックカー・ビンテージを12台並べた。他にワインカラー12000本のスペースも取った。こ
の二つは趣味と言うより後々高利を産むものでもあった。時間をかけ手塩にかければワインもクラシックカーも値は倍増した。Iはこの別荘に
住み込みのシェフ夫婦を置き、仕事関係の人や友人を招くことも少なく、仕事の疲れやストレスを一人で癒した。元々PCオタクと呼ばれ、孤
独が好きなタイプであったかもしれない。しかしここも2015迄はパラダイスであったが、箱根町周辺噴火騒ぎで安全ではいられなくなった。
Iは同年齢の孫正義を会社にいる時「孫ちゃん」と呼び、日本人妻がいる台湾系アメリカ人・ヤンとは終生交友を結んだ。写真は森功著「ならずもの」より引用。左から若き日の孫、井上、ヤン。下記は雑誌「ZAITEN」2020・6月号より―
I氏はパリにも別宅があったが、箱根の噴火を恐れてハワイのコンドミウㇺへ居を移した。この頃日本のIT成金は競ってハワイのコンドミウㇺ
を買い漁った。Iも孫(SB)や三木谷(楽天)の真似をするように50億円相当の自家用ジェット機を乗るようになった。然しIが二人と違っていた
のは自家用ジェット機操縦免許をハワイで取ってしまったことだ。元々東京理科大学自動車科卒業のIはメカが好きで、部品をいじくるのに時
を忘れるタイプだった。会社幹部は自動車に乗るにもジェット機に乗るにもふんぞり返って悦に浸っている輩と袂を分かつ人種だった。日産
のゴーンのように自家用ジェット機でトランクに隠れて国内脱出を図るミミズ見たいなタイプとも一線を分ける経営者でもあった。ハワイから自
家用ジェット機を操縦してカリフォルニア開催のクラシックカーレースに何度か出場していた。このクラシックカーレースのことも知人を介して、
現地へ飛び協会の人々と打合せ等する訳だが、同行する人のファーストクラス運賃、宿泊代はIが支払った。ワインやクラシックカーを購入す
る時も専門家をアメリカへ飛ぶわけだが、この代金もIが支払った。クラシックカーは整備士のメンテナンスが欠かせない贅沢な遊びだが、Iは
知り合いをアメリカの整備学校へ学ばせに行かせ、学費から滞在費迄全額面倒見た。まるでジャック・ニコルソン×モーガン・フリーマン映画
「最高の人生の見つけ方」を見ているようだ。あれは癌が人生の終末を迎える前に「棺桶リスト」と言うのを作成して、やりたい放題金に糸目
をつけず、二人の老人が世界かけ巡って人生を謳歌する夢のようなお話。ヤフージャパンを退くに当たってI氏はこの映画のストーリーが頭を
かすめただろうか?後続の人に仕事を引き継ぐときIは涙をこぼしたという。それはアメリカのヤンが隆盛を誇っていたヤフーが倒産したとい
うニュースを社員に朝礼で告げる時流した涙とたった二回しかヤフー社員は見たことがなかったと言う。
羨ましかった人生とみるか寂しかった人生とみるか、個々に違いはあるだろうが、私は「最高の人生の見つけ方」をしたIT事業成功者だと思
っている。I氏のお蔭で我々は数年は速く日本語版キーボードを叩いて、Yahoo!ブログを開設することが出来た。長年書きたかった文章をまる
で出版するかのようにバーチャルリアリティに登場させることが出来た。I氏の墓場に足を向けては寝られない。同時にI氏の遺志を継ぐことな
く、Yahoo!blogを閉鎖した三代目には憤りを感じる。現在も儲け過ぎているヤフーはアメリカヤフーの二の舞になることを陰ながら祈っている。
それはI氏の本意であるかも知れないから‥‥‥。



