『梅雨に梅毒、淋病の燐票』

 

なんで梅が如何わしい性病に使われたのか、ずっと疑問だった。

 

梅はいつも弁当に入っていて、白米に合う味覚と共に抗菌作用がある。子供の時は酸っぱくて硬くて決して美

 

味なる食物ではなかったが、生産者側の熱意と工夫で梅干は非常に美味しい食品になった。

 

南高梅など高価ではあるが果肉のボリュームは桁違いに他梅を圧倒している。その梅の字がおぞましい性病の

 

名前に使われているのは、梅の名誉のために宜しくない。

 

画像ヤマモモ>

 

画像婦人の皮疹><二枚ともネットより拝借>

 

この病は胎内で育つ胎児に影響を及ぼす

(参考文献:パンデミック・マップ サンドラ-ヘンパル著)

 

この病がパンデミックとして世界に広がったのは、スペイン・コロンブス先生の新大陸発見の旅からだった。

 

年表「いよ~国が見えるぞ」(149215世紀までヨーロッパでも中国や日本でも、この病気を綴った書物は

 

ない。それがコロンブス先生が国へ御帰還した時から、まずイタリアで患者が出始めた記録がある。ばら撒い

 

た梅のタネ❓の持ち主はフランスの傭兵団、この集団はコロンブス乗組員と共に西インド諸島等、一緒に駆け

 

巡り、矢張り現地の人々と「オイタ」を繰り返した。巷間昔から言われていることに梅毒は元々西インド諸島

 

の風土病であったと言うこと。性に解放された両島の親善親睦❓旅の土産に何十人もヨーロッパの方へ持ち帰

 

った。パンデミックの流行は速かった。あっという間にヨーロッパ全土に広まり、数年後その病を持ったバス

 

コ・ダ・ガマ、インド巡り船団が今度は瞬く間に全インドへこの病気を伝染させた。インド人も吃驚したこと

 

だろう!アジアルート中国や日本へ伝染して行ったと言うのが通説である。尤も倭寇が中国から持ち帰ったと

 

言う説もある。

 

1510年室町時代、日本でも流行り出す。時の医者がこの病気の特徴を書き残している。中国の方から来た病

 

気だから「唐疹」と記している。何処の国々もこのような破廉恥な病気は他国から伝染したものとして、フラ

 

ンスではナポリ病、イタリアではフランス病、

 

ロシアではポーランド病、ポーランドではトルコ病と言って他国へ責任回避している。現在はい~薬があるか

 

ら脳梅や鼻がもげる心配は無さそうである。日本ではやがてその湿疹がヤマモモに似ている所から「梅毒」と

 

医師会❓が名付けたのだが、梅にとっては屈辱的なネーミングであった。この病に侵された有名人と言うのが

 

世界には日本も含めて仰山いるが、ここでは敢えて記さない。噂だけの人もいるかも知れないし、人や医者に

 

も言えず苦しんだ人もいるかも知れない。只気の毒な症例として、日本では女の人が亭主にうつされ、病が病

 

だけに通院することも出来ず、病死したり自殺したりした有名人もいたことを記しておきたい。男尊女卑の遊

 

郭全盛時、セーフガードがまかり通っていれば、そのような悲劇は起きなかったはずだが、男と女の間には深

 

い溝がありますな。令和再び水商売からこの病、流行の兆しを懸念されている。オカモト理研をお忘れなく。

 

ゴムと医療の進化は目覚ましいものがある。因みに私は両方感染したことはありません。コロンブスの卵より

 

コロンブスの梅を立てなさい。

 

コロンブス居なくば南高梅も良からぬ病名に使われることはなかった。

 

画像コロンブス像>

昨今アメリカで起きた白人警官による黒人殺害で各地暴動が起きている。奴隷に関連する白人銅像が根こそぎ

 

倒され、落書きされている。よくま~何百年も憎き白人像を黒人は許していたな。スペインの偉大な梅毒輸送

 

船の船長コロンブス像は大丈夫?この時大量に現地の人々も連れて来たと聞くが…‥。世の梅毒感染者よ、こ

 

の像倒しに行ってみては?尚コロンブス先生がスピロヘータとお友達になったと言う報告はありません。バス

 

コ・ダ・ガマ先生も淋病を生涯背負い込んだと言う記録もありません。淋病の燐票(マッチのレッテル)林彪

 

(毛沢東に抹殺された)のマッチ箱って何でしょうね?