青春・太宰治がカムバック!

 

古稀になって太宰治に関心が出るとは思わなかった。別段本を読もうとか思ったのではなくて、あの作家特有

 

の自己否定、生きてる存在にスミマセンみたいな、卑屈で暗鬱な精神構造。10代の時、幾つか読んでその頃は

 

落語語り調の軽快なものばかりだった。

 

荒んだ私小説の破滅的人格が主人公の物は読んだことがなかった。

 

「走れメロス」何て友情至上主義のストーリーを読んだら、それが太宰治原作だ何て幻想のようだ。10代の頃

 

読んでたら女優の中山千夏が「太宰の苦しみが分からない人は人間じゃない」そんなニュアンスのことを言っ

 

ていた。太宰はずっと人格破壊や心中願望を小説のテーマにして本当に玉川上水で心中してしまった。でも太

 

宰の心中は近松門左衛門・人形浄瑠璃の『心中天の網島』のような身分の差から男女が結ばれず、天国で一緒

 

になりましょうと言う悲痛な恋愛ではない。

 

生きるも辛い死ぬのも怖い、でも二人だったら怖くない不条理な選択。決行した日が613日。太宰の亡くな

 

った命日「桜桃忌」は619日執り行われているが、その日は玉川上水で死体が確認された日だからだ。私は

 

長い間太宰が亡くなった以後、作られた雄々しさを売り物にする三島由紀夫が散々、太宰の女々しさを罵っ

 

た。

 

男は女々しさを売り物にするな見たいな悪口雑言、憎悪丸出しだったのを憶えている。確かに太宰は良家のお

 

ぼっちゃまで学業は優れていたが、社会適応はゼロで一人では生きて行けない性分。我々群馬の有名人萩原朔

 

太郎(朔太郎忌5/11)おぼっちゃまと同類の変人奇人。近代現代の一般社会人とはその他大勢と狐狸妖怪の騙

 

し合いで生きていく環境。その中に溶け込めないと精神に支障をきたす。然し二人には共通の特技があって小

 

説、詩句で現実から逃避できる才能があった。研ぎ澄まされた神経と想像力を駆使して多くのファンを持つま

 

でになった。然し二人の生きていた時代はまだ旧態依然とした風習や常識が確固たる盤石としてどっしり構え

 

ていた。

 

 

<写真は昭和21年銀座のバー・ルパンで撮影したもの。この日無頼派三人が集結、文士シリーズの撮影に応じた。関西から織田作之助(善哉忌1/10)も上京した。>カメラマン林忠彦

 

結局太宰は多くの人の迷惑が掛からぬよう、自らの命を一緒に心中してあげると言う女性ファンと共に天に召

 

された。しからば私メ

 

若輩者ならいざ知らず古稀になって、今更太宰治が気になりだしたのか?私学生の頃、皆でガリ版文集を発行

 

したことがあった。

 

その表紙を3回受け持ったことがあるのだが、一回目芥川龍之介

 

(河童忌7/24)二回目太宰治(桜桃忌6/19)三回目三島由紀夫(憂国忌11/25)共通点は皆自殺した作家だっ

 

た。因みに過去も現在も自殺願望はない。若い頃は死に対して変な渇望がある。神秘なベールを剥がして奥を

 

覗いてみたい衝動にかられる。当時は三人の作風を尊敬していて文章の紡ぎを感心していた。人格は芥川龍之

 

介、気取り屋で貴公子。三島由紀夫は虚勢でハッタリ、しかし太宰治は含羞・道化で正直者。後悔の御曹司。

 

私は今まで生きて来て余り後悔を感じたことがない。根っから楽天家で嫌なことも明日は明日の風が吹く、全

 

てプラス志向、翌日にマイナスを引かない性分。それが今年3月―5月コロナ外出自粛で自己問答が頻繁になる

 

と、悔悟の「か」の字がケッコー頭をもたげた。マァ終点も視界に入ってきている年齢になってきたことが一

 

番の理由かな。太宰治みたいに深く蔑んで悩むことはないし、正常から逸脱しようと人後不覚に陥ようと深酒

 

飲んで、他人に八つ当たりする訳でもないが、青春期からずっと太宰治と同派・無頼派の文人坂口安吾(安吾

 

2/17)の考え方を目指してきた自分には、まさか一瞬でも太宰治的発想が脳裏に蠢くとは、これも武漢発コ

 

ロナのなせる業かと動揺した。坂口安吾は当然太宰治とは親交があり、文学論を戦わすと言うよりアドルㇺ

 

(覚せい剤)と酒友で信頼の絆を結んだ。安吾は「不良少年とキリスト」と言うエッセイで太宰の心中のこと

 

を書いてきた小説と生き様から太宰らしくないと書いている。フツカヨイのままだったと…‥。芥川の服毒自

 

殺は舞台整い、芥川らしいと評しているのに、何度も試みて果たせなかった太宰治の心中死を認めなかったの

 

は、矢張り暗い貧しい時代、一緒に戦った戦友が亡くなった悲哀がそう言わせたのだろうか?