そもそもあいは子供なんてそんなに好きではなかった。

それどころかどちらかといえば嫌いな方だったと思う。

もちろん子供いらなかったし、生涯シャンパンと白ワイン飲んだくれて過ごしていくプランだった・・・(笑)


でも、夫がどうしてもどうしても子供が欲しい!!と言っていたので結婚後1年経った頃、誓約書?を書かせて仕方なしに子作りすることにした。

その内容は、、、


・『何かできることがある」と考えられるようになる。

・お互いできることは自分でやり、できないことは助け合おうと思う。

・お母さんにとって「一緒にいることが心地の良い人間」になり、赤ちゃんにそう思われるようになる。

・子供が起きている時間に家にいる時は、お風呂、着替え、ミルク、あやし位は出来るようにがんばる。

・イライラしないように頑張る。

・子供の前で喧嘩はしません。

・浮気はしません。

・あいと一生手をつないで歩きます。

・あいのストレスを受け止めます。

・嘘もつかないよ。

・両両親から家族を守ります。

・あいを世界で一番愛し続けます。

・家族で旅行にいきます。

・優しいパパになる。

・疲れていたら家事を分担する。

・家族全員幸せにします。

これらを守って子育てしようと思います、約束します。


・・・夫が書いた文をそのまま入力してみた(笑)



あいはこの誓約書を交わした7か月後に一度妊娠しましたが、わずか5w1dで流産してしまいました。


あの時も本当に酷かった。。



妊娠検査薬で既に妊娠したとわかっていたけど線が薄くて。

毎日この線が濃くなる事を祈りながら検査薬をしまくっていた。


・・・でも線は相変わらず薄いまま。

どうして?どうして?

一人でずっと苦しくて。

そのころちょうど父方の祖母が亡くなって実家に帰っていた。

落ち込む父をどうしても元気付けたくて、ダメになっちゃうかもしれないけど私今妊娠してるんだ!って言ったらすごく喜んでくれて、線が薄くても妊娠した時のホルモンが出てるってことだから大丈夫よ!って励ましてくれた。


・・・東京の家に帰ってきたその日の夜、トイレに行ったら血が出ていた。

不安で不安でたまらなくて、夫に『血が出てる・・』って言った。

夫は・・・無視。


ねぇ!ともう一度呼びかける私に、「ちょっと待って!!!」とキレながら叫びかえしてきた。

隣の部屋でパソコンのアップデートをしていた夫は「今忙しい!」と怒っている。


こんなに苦しいのに。

抱きしめてもくれない。

涙がぼたぼた流れて一人でうずくまった。


夜中、今度は子宮が激しく収縮して激痛。

今思えば、陣痛並に痛かった。

死ぬかと思った。

声が出ないほど痛くて体を丸めて数分おきに来る痛みに耐えた。

その時ベッドの上で血が大量に流れていた。


それでも夫は私の横でいびきをかいて寝ていた。

助けてほしかった。

抱きしめてほしかった。

体も痛かったけど、心が張り裂けそうで、赤ちゃんが出ていくのがわかって辛くて辛くて仕方なかったのに。。。


ごめんね、ごめんねって思いながら一人でおいおい泣いた。

その後1か月ふさぎ込んで泣き続けた私に、夫は同情の言葉をかけるどころかいつも隣の部屋でお笑いのテレビを見ながらビール片手に笑っていた。

毎日心配して電話かけてくれたのは実家の両親。

一緒に泣いてくれたのもそう。

一番一緒に悲しんで欲しかった夫は私の苦しみに見向きもしなかった…


あの時、気付いてたらなー。

私は自分の苦しみに没入していて夫のこの冷たさよりも赤ちゃんへのごめんねの気持ちが勝っていて考える余裕なかったんだよな。。。。