ツアーの合間。素晴らしい秋晴れ。本日休業。ならば久しぶりにサーフィンでも、と海へ向かいました。


 高い空。乾いた風。雲の下を旋回するトンビ。10月の湘南、気持ちよすぎて涙が出そう。


 ところが。


 南の海上にある折からの台風の影響で波はどっかんどっかん。いわゆるひとつのアタマと呼ばれるサイズ。 最上のコンディションに嬉々としたサーファーたちが山のようにうねる波の上でひしめきあっている。


 うー。とりあえず、怖い。でかい波が。そもそも沖に出るのが大変そう。あ、でかいの来た。すげー上手い人が乗った。速!あんなのがぶっ飛ばして来たら絶対よけらんない!うわ、セット(連続して波が押し寄せること)えぐ!あ、あの人こけた。うわー、そこに別の人が突っ込んだ。巻かれてる巻かれてる。リーシュ(ボードと足首をつなぐコード)絡まってフィン(ボードの舵、わりと、鋭利)刺さるって。わおわお、おー怖。


 やめときました。


 初期の向こう見ずな情熱は、波だけに引き潮に。今後はほどほどの波で和気あいあいと楽しませていただきます。と、海の神様に心でご挨拶。まったく濡れずに横浜へ帰ってまいりました。


 動かずとも腹は減る。


 昼飯は近所で最近評判の、いわゆる家系のラーメン屋さんへ。なるほど美味。


 ところが。


 そのあと、どすんと重たい胃袋よ。いちどに大量に摂取した豚の脂分を、どうにもカラダが処理しきれない。エネルギーを欲するほどの運動、してないし。同時に鼻の奥辺りで、血中の塩分濃度が跳ね上がっているのを感じる。塩分を欲するほど、汗かいてないし。この身体状況、ひとことでいうと、気持ち悪い。あ、そういえば前も家系でこんな状態に陥って、今後は控えようって思ったじゃん、俺!


 今度こそ、もうやめときます、家系。


 そういえば、ツアー先の広島で食べたみんな大好き僕も大好き「武蔵のむすび」。変わらぬ美味しさだったけれども、後がやはりきつかった。おそらくグルタミン酸ナトリウム的、科学の賜物的、おいしさの魔法の粉的物質にカラダが対応しきれなくなってきているものと思われ。伝家の宝刀、大正漢方胃腸薬をもってしてもなかなか回復せぬ胃もたれよ。


 家系に続いて、もうやめときます、武蔵。


 訪れる肉体のステージにより余儀なくされる数多の卒業。


 もちろん、寂しくはあります。でっかい波を滑り降りるとき噴出する脳内麻薬。こってりラーメンやケミカル調味料の悪魔的旨さ。手放すには惜しい快感たち。でもね、ずっとやってるとね、きっと、思うより早く、僕死んじゃう!


 できればずっと味わいたいアドレナリンがあるの。エレキとマイクロフォンにかじりついて板の上に存在するときびゅーびゅー飛び出す、アレ。それ最優先でね。


 次は、酒&メシ。


 特に、ライブの交感神経全快アドレナリン後に味わう、美味しいお酒とごはんと仲間たちとのしょーもないトークで生み出される副交感神経絶頂のリラクシングアドレナリン、これがまた最高なの。大好きなの。ひとことでいうと、打ち上げ。


 年下のバンドのひととか、打ち上げしないひと、多いですが、ね、すごいなって感じます。ライブでわーっと盛り上がって、コンビニ寄って弁当買ってホテル帰って弁当食って風呂入って寝る、ですか。すごいなって、感じます。クールっつーか、大人っぽいなって。年下なのに。俺、はしゃいじゃって、なんだか恥ずかしいっす。こないだも、深夜の岡山のアーケード街のワックスかかりまくってぴかぴかの道を見て、急にここを走りたくなって、すんごいダッシュしました。めっちゃ汗かきました。全力はしゃいじゃって、恥ずかしいっす。


 確かに、打ち上げは、必要では、ない。どちらかというと、無駄。


 ライブ終わってまで同じ人間といる必要ないしね。酒癖悪い人、いるっちゃいるしね。酒癖悪くなくても、酔うと人間、おしなべてなれなれしくなるからね。気分悪くさせちゃうこともままあるからね。だいいち、明日のライブに差し支えあるからね。盛り上がるのはライブにしとけって話ですよね。お金もかかるしね。


 んーなるほど、打ち上げ不要論。説得力、あります。


 いやーしかし、1980年代後半からの約10年はお盛んでしたよ、打ち上げに次ぐ打ち上げ。新宿「清龍」、下北「庄屋」。2500円ぐらいの飲み放題のコースで、冷めた揚げ物に次ぐ揚げ物を何かしら異素材が混ざっていそうな自称生ビールで流し込み、腹がたぷたぷになったら工業アルコール風味の当時でいう2級酒をあおり、全員悪酔いのバンドマンがくんずほぐれつ仲良くなったりケンカしたり。朝まで延々と続く無駄な時間。渋谷「山家」に至っては、確か24時間営業だったと記憶します。次の日の昼まで続く刹那な時間。もはや何を打ち上げているのか。打ち上げのためにライブをやっているといっても過言ではない。先輩たちのそれに嬉々としてくっついていった19の俺。未成年じゃん。


 そんな無駄な時間を重ねるうち、バンドは個々の存在から気の合うバンド同士なんとなくツルむひとたちへ。ツルむ人たちがまた打ち上げて酒飲んで過ごすクダラナぁーい時空から生まれるクダラナぁーいアイデア。バカロック、ポコチンロックが飲み屋のホラ話から現実のイベントとなり、お客さんや僕が嬉々としてくっついていく。いつしか、シーンと呼ばれる動きとなる。いわゆるバンドブームとなる。メディアが食いつき、ひいては社会現象にまで膨らんでゆく。


 めっちゃ、興奮しました。


 そういう、非合理的なコミュニケーションから発生する新しいなにかが持つ魅力に、どうしようもなく取り憑かれてしまっている育ちなものでね。勘弁してね、いちいち打ち上げやるの。


 ひとりでもするもんね、俺。俺の中の俺と、俺の外の俺で打ち上がるからね。ヘタしたら「おつかれさま」って、声に出してるからね。ひとりで。


 卒業したくないのです。


 ふと寂しくなる秋ですが、ライブ&打ち上げ学園、留年上等なのです。