2011718日、海の日。七里ガ浜のソウルサーファー、ビーバーさんは星になり、文字通りレジェンドとなりました。


「お前は健康診断受けておけよ。受けてんのか、そうか、そうしとけ。俺なんか放っておいたからな、60年。胃ガンだってよ。とにかくよ、痛いのだけはたまんねえよ。」


 もう手遅れだと人づてに聞いていたのですが、6月の終わりに病室を訪れた僕が会ったビーバーさんはまったく絶望していませんでした。執拗でやっかいな敵と、ずっとケンカしている男の子の目。


「また来ます。」


 帰り際にそう言った僕にビーバーさんは、こう答えてくれました。


「おう、待ってるぞ。」


 まるで、カウンターの中から返事をするように。


 江ノ電七里ガ浜駅前で小さなバーを営むマスターでもあるビーバーさん。海はもちろん、酒と煙草とR&Bが大好き。ゴマ塩のぼさぼさ頭にちょび髭。小柄で細身、いつも背筋がぴっと伸びていて、駐車場の階段から遠くの波をじっと見つめていました。1970年代の若者が求めた「自由」を、多くの仲間が挫折していくなか、生涯を通して求め、手に入れ、守り抜いたおじさん。僕はその姿に、寅さんとして生きて寅さんのまま逝ってしまった渥美清さんの美しさを重ねます。必要のないものに手をのばさず、自分が大事だと思うものだけを握り、見つめ、代償を引き受けながら生を全うする。欲張りな俺なんかじゃちょっと出来る気がしません。


 七里ガ浜クリーンコミュニティ、通称“クリコミ”の大親分として、エコなんて言葉が市民権を得るずーっと前からビーチクリーン活動をしてきたビーバーさん。シーズン中の毎週日曜、大親分のホイッスルひとつで全てのサーファーがいったん浜に上がり、ゴミ袋片手にローラー作戦でビーチの掃除を始めます。砂に吸殻を埋めていたヤンキーが所在を失くします。子供たちが花火の燃えカスを拾って持って来てくれます。この活動も、今年からはビーバーさんの遺志を継いで我々若手が頑張らねばなりません。若手?40過ぎですが…。


 基本、BBQ禁止の七里。年に一度だけクリコミ主催のBBQが真夏に開催されます。仕切りはもちろんビーバーさん。この日ばかりは地元の超有名レストランが食材やビールサーバーを提供してくれたりなんかして、真夏のビーチは朝から日暮れまで大いに盛り上がります。


 僕はいつしかその音響担当になっておりました。ビーバーさんのアパートから引っ張り出してきたボロいスピーカーを大小7~8台つなげて、発電機でアンプに火を入れCDをかけます。DJ Sakuオンザビーチといきたいところですが、かけるのは大概ビーバーさん選曲の’70年代R&BオリジナルCD。良い曲ばかり76分詰め込みまくったお皿が数枚。僕は配線が終わったらでかい音でそいつを鳴らしっぱにして空と海を眺めてアンプのそばでずーっと呑んでいるだけ。なんて最高な夏の一日!


 近年はフェスや私事が重なり参加できず、クリコミの皆さんにはご迷惑をおかけしております。今年もしかり。申し訳ない。この夏は星になったソウルサーファーの御霊を送る宴、盛大に盛りあがることと思います。若手仲間のシゲちゃん、どうか音響よろしくたのんます。


 七里にとどまった、旅をしない魂の寅さん。最後まで病気とケンカし抜いた生来のやんちゃ坊主。どう生きるかとどう死ぬかということはとても近い、ともすれば表裏一体の同じと言ってよいテーマなのだということを学ばせてくれました。


 ありがとうビーバーさん。そんなに喋ったことはなかったけど、大好きでした。僕はもう少しここにいます。またお見舞いに行くと言ったのに果たせませんでした。そちらに行った際は必ずご挨拶に伺います。


 


「おう、待ってるぞ。」


 また、そう言ってくれた気がしました。