「おさかな天国」という曲があります。

 いわずと知れた、2002年には紅白出場も果たした大ヒットナンバー。

 大ヒットする2年ほど前に近所のスーパーの鮮魚コーナーで一日中パワープレイされており、楽曲構造の精度の高さに思わず立ち止まり、その場でしばし聴き入っていたものです。生さんまとか見つめながら。

 何がイイって、まずは「魚」と「頭」と「体」ともに字数と母音がばっちり揃っている。「aaa」。そしてこの3文字を8分音符で3連呼させる。すなわち、計9文字中の先頭「さ」がサビの1小節目の頭から始まって次の小節の頭にて最後尾「な」で打ち放つ。全部同じ母音で。これ、すんごい気持ちいいの。耳も、唇も。

 更に、水産庁のキャンペーンソングとして生まれたいきさつ上の「魚を食べる→頭がよくなる」「魚を食べる→体にいい」なる、生臭いとさえ言える直接的教育的メッセージ。

 大概、こういった受注業務は「カタさをメロディーでなんとなくごまかしました」感がぬぐえない中途半端な仕事に終わるもの。ところがこの現場においては、「魚」「頭」「体」の三位一体パワーのあまりの凄さに、いきさつのカタさが拍車をかけているという異常事態が発生しているのです。「肉」「脂」「力」とかと比べると明らかにカタい「魚」「頭」「体」。なのに口に出してしかも連呼してみると、フィジカルな快感度数は後者のほうが圧倒的に高い。この、嬉しい理不尽。進学校のお嬢様がまさかそんな…的な。的な、じゃないですか。

 かくして「さかなさかなさかな~、魚を食べると~♪あたまあたまあたま~、頭がよくなる~♪。さかなさかなさかな~、魚を食べると~♪、からだからだからだ~、体にいいのさ~♪。」は僕らの街のSATYに留まらず、全国制覇を成し遂げるに至ったのであります。恐るべし、ギャップ・エロ。高級官僚お嬢様のあ~んなコト。エロの現象なのでしょうか、と言わないで。せめてここだけでは、そうさせておいてください。

 感心していた曲が全国的に楽しまれるというのは、嬉しいものです。ヒットに伴って当然、メディアも取り上げ始めました。ミュージシャン稼業などで身を立てている者としては、この名作を生んだ人間に興味が湧くというもの。

 ある日の昼間。付けっぱなしのTVに流れるNHK「スタジオパークからこんにちは」。

 テレビを横目にチャーハンかなんか作っていたら、本日は例の楽曲の歌手と作曲者がゲストであると。

「おー、誰よ誰よ」と思いつつもチャーハンとはこれ火元から1秒も目が離せない真剣勝負のため、画像および音声を横目に中華鍋をふっていた私。

「さて~、今日はあの『おさかな天国』を歌っていらっしゃる…さんと、作曲者でご主人様でもいらっしゃる柴…俊…さんをお迎えしました~、どうぞこちらへ~…」

 中華鍋をがっしゅがっしゅふりつつ、

「ん!?柴…俊…!?え、柴山俊之?あの、『サンハウス』の!?まさかぁ。」

 と思いつつ引き続きがっしゅがっしゅふりつつ横目で画面をちらりと覗けば、なにやらグラサン皮パンのロックおとっつあんがソファーにどっかと腰掛けておる。

「ご主人の…さんは、…というロックバンドをされていたとか…」

 間違いない。柴山俊之さんだ。『サンハウス』解散後も、シーナ&ザ・ロケッツに書いたあの大名曲「You may dream」の類まれなポップセンスは生きていたんだ。硬派中の硬派『サンハウス』の顔と「You may dream」の二律相反半ギャップ才能は20世紀中に更なる進化を遂げ、国家権力たる水産庁からのオファーにこれだけのレスポンスをするに至るまで研ぎ澄まされていたのか!と、ひとり感動しまくり、スタジオパークもすっかり終わったあとにひとり、チャーハンをパクついたのでありました。

 それからというもの、飲み屋においては、殊にミュージシャンとの酒の席においては、

「知ってる?『おさかな天国』の作曲者!」

 とか言ってさんざんうんちくをぶつことはや5年であります。

 そんな折先日、九州出身の先輩ミュージシャンと呑みまして。『サンハウス』のちょいと後輩に当たる年代のその先輩ミュージシャン、当然、柴山さんについては俺なんかより100億倍理解しているその人曰く、

「『おさかな天国』の作曲が柴山俊之さんであることはありえない。」

 断言なされる。それはもう、きっぱりと。

 怖くなった僕はその日の呑み会もそこそこに、帰宅しネットにて調べました。

 その結果。

 「おさかな天国」の作曲者は、柴山俊之さんでなく“柴矢俊彦”さんという方で、ロックバンド「サンハウス」でなく、同じく’70年代末から’80年代初頭に活躍したロックバンド「ジューシィ・フルーツ」のギター奏者でありました。鮎川誠さんの同僚でなく、真心ブラザーズのレコーディングでもさんざんお世話になっているベーシスト、沖山優司さん(ちなみに大名曲“ジェニーはご機嫌ななめ”の作詞者)の同僚であったとは…。

 ま、まぎらわしいぜ!




 という訳で私、約5年にわたり数多くの呑み会の席にて上記のとんでもない知ったかぶり誤情報を流し続けておりました。自信満々で。ここに、当該呑み会に参加された方々およびご本人様および関係者の皆様に深くお詫び申し上げます。

 アツく語っていたぶんだけ、身悶えする思い。