連日トーキョーはベイエリアのおしゃれなスタジオでミックスダウン作業に勤しむ真心ブラザーズ。あいにくの天気が続く8月の最終週、本日もイキのイイ最新トラック、確保しに赴いてまいりました。

 夕方、小腹の減ったあたくしは作業の合間にひとり近くのモスへお買い物に。するとスタジオの裏で何やらものものしいロケが準備されているではありませんか。東京湾へ続く運河の傍らにあるデート向きなこのエリア、昨日は車のCMらしき撮影をやっておりました。さて本日は何を?と覘いてみると。

 わざわざそのために設営したと思われるテントの中では、和食の職人さん風の男のひと数名が手際よく働いている。20数名のクルー、その何人かはハッピを羽織って忙しく現場を立ち回る。彼らの背中には、「元祖・大食い選手権」の文字が。

 こ、これは。

 まさか、あの、TV東京の名番組「TVチャンピオン」の名企画「大食い選手権」を指しておるのではないか。

 世の中に大食いバラエティは数多かれど、そのどれとも一線を画す面白さを誇り続けるテレ東の大食い。かの故・ナンシー関さんをして「フリークスという視点を肝に置くという一点で他局の追随を許さない」と言わしめたパンク放送局・テレビ東京の大食い選手権。

 もし目の前のこれがバラエティ史に名を残すこと必至な当番組のロケであるならば、当然ながら見届けぬわけにはいきません。いわゆる大食いタレントを使ったぬるいロケならさっさと大事な現場へ戻るのみ。見極めのポイントはレポーター。さて誰が登場するのか。運河横のベンチでスパイシーチリドッグとコーヒーを広げて秀俊、しばし偵察を決め込むことに。

 するとどうでしょう。あらわれたのは他でもない、日本が誇る文科系パントマイマー・中村有志さん。まずは競技種目である食品を職人さんとの軽トークを交えつつテンション上げーの味見しーのの決戦あおりコメント収録が始まったではありませんか。

 まぎれもない。This is just a テレビ東京の「TVチャンピオン」の「大食い選手権」。これは偶然通りがかった歴史の1ページ。見届けないと。

 エンジニアのツトムさんに電話で緊急事態を説明し、「やっといて!」としばし仕事を丸投げ。時間の許す限り現場の見学を敢行しようじゃないかと。ま、要するに野次馬ですが。

 スタンバイする5名ないし6名の大食い戦士たちはみなさん一様に、細い。や、細いし、小さい。生で見ると。本当にこんな人たちがあんなふうに食べまくるものなのか。にわかには信じがたい。調理テントに目をやると天ぷらだかなんだか、おびただしい量の皿に、200皿近くはあったんじゃないでしょうか、揚げ物がずらーっと並べられている。これを、あの細く小さなひとたちがイナゴの群れのように食いつくすのか…。TVでさんざん見てきたあの異様な光景を、このマナコで直に焼き付けられる日が来るなんて!

 照明その他準備が整い本番が近づくにつれ高まる現場の緊張感。ギラつきを増すそれぞれに濃いキャラの細く小さい戦士たちに交じって、ひとり気になる戦士以上に濃いキャラが。

 白衣に聴診器を首からぶらさげたひとりの女性。ま、普通にみればお医者さんです。こういうロケですし、戦士が体調不良をおこしただ喉に食べ物つっかえただいろいろアクシデントが起こらんとも限らんでしょ。医療班のひとつも、そりゃあ必要でしょうよ。

 しかし彼女。おそらく20代後半でしょうかね、白衣の下が女王様系網タイツおよび黒いエナメルのピンヒールなの。なぜにそれを。フェイスはま、美人っちゃあ美人なんですけど似ている芸能人をあえて挙げるならば春やすこ。微妙なんですよ、美人っちゃあ美人なんすけどね。更に髪型がこれまたあえて挙げるならばデビュー当時の河合奈保子。前髪作ってサイドをブローで流すスタイル。ご想像いただけますでしょうか。立ち上る‘80s感を。

 加えて彼女、手にしているものといえば小学生がプール用具一式を入れていそうな小さなビニールのバッグ一個のみ。そんなものに大切な医療器具を収納しているのか。このひと本当にお医者さんなのか、中村有志さんのアシスタントかなんかで単に女医コスプレしているだけのタレントさんなのか、にわかには判断し難い。大食い戦士を文字通り食っちまっている異能キャラ。

 いろんなスタッフの方に「先生、カメラ見切れてるからそこどいて!」とか、「先生、そこ立ってると照明の影になっちゃうよ!あっち行ってて!!」だの注意されまくっているところを見ると、本当に、ただのお医者さんだったみたいね。でもあたしが目にした限りでは彼女がしていた仕事といえば中村さんや大食い戦士のみなさんに虫よけスプレーをかけてあげていたことのみ。ビニールバッグからスプレー出してはしゅーしゅーしゅーしゅー。あとは怒られてただけ。なんだかいじらしかったよ、奈保子風やすこ。

 突き抜けた現場には、決して表には出ずとも、表以上に突き抜けた裏方さんがいるものなのだなあ、と妙な感心をしたりして。必要以上に熱心に野次馬するあたし。

 そうこうしているうち、中村さんのコールが。

「さて参りましょう。東京湾穴子天ぷら40分一本勝負!」

 そうでしたか。穴子天でしたか。このあたりの運河を通る屋形船のメインディッシュ。ここでのロケならそれはもう、さもありなん。

 ところがこのタイトルコールにOKが出た瞬間に現場に降り出した激しい夕立。撮影はしばしの中断を余儀なくされ。そしていい加減あたしも現場へ戻らなくてはいけない時間に。

 予定では戦士たちの人間離れした食いっぷりに驚愕し、見ているだけで胃もたれしてその様子をスタジオのみんなに喋りまくるはずでした。

 しかし、はっけよーい!まで見てサヨナラしてしまうと後に残るのは、

「揚げたての穴子天ぷら、美味しそうだったな~。ひと皿だけ、味見したかったな~。」

 そう。残ったものは、穴子未練。そんだけ。

 生まれて初めて目にしたあんなにたくさんの揚げたて天ぷら。しかも本場東京湾の穴子。おしゃれなこのデートスポットで暮れなずむ運河を横目に手づかみで一本さくっ!と一口。辛めの冷酒をぐいっと一献。そんな妄想とともにスタジオへのエレベーターに乗り込んだのでした。




 その日の全ての作業を終え、よろよろ歩く家への道すがら。心にはまだ、揚げたての穴子天が鮮やかに浮かんでおりました。

 これは何としても本日中に穴子天にありつかないと。ありつかずしてどうして眠れましょう。そんな気分でした。

 運よく近所の讃岐うどん&天ぷらの店が暖簾を出しており、倒れこむように入店。生ビールと、天ぷらの盛り合わせを注文。

 ところが出てきた盛り合わせにはそれらしきシルエットが見つからず。メニューを精査してもどこにも「穴子」の文字は見つからず。

「あの、すいません、穴子の天ぷらはありませんでしたっけ。」

「すいませんお客さん。白身魚はそちらの盛り合わせにあるキスだけになります。ラストオーダーになりますが、おうどんはいかがいたしましょ!」

「はい、じゃ、わかめうどんを…。」




 思いは一歩届かず。未練とおいしいキス天をさくっと噛みしめ、夢は夢のまま今日という日よ、ひとまずさようなら。

 OA、必ず見届けたる。

 レコーディング終わったら、屋形船で食ったる。

 ひとまずは名盤を仕上げることが先だ。待ってろよ、穴子。