縦列駐車や難易度の高い車庫入れになるとつい、燃えてしまいます。

 原因となった事件は二つ。ひとつは遡ることもう12~13年も前のこと。その日あたしはなんかの用事でどこかの会社のオフィスにいました。高層ビルの高層階にあるそのオフィスの窓からは、真下にその会社の所有する駐車場を見下ろすことができました。なにをするでもなくぼーっと窓の外を眺めていたあたし。ふと、どハデなスポーツカーが目に入りました。その会社に所属するさる高名なミュージシャンのフェラーリ。真っ赤な平べったいのがぐいーっと勢いよく駐車場に入っていく。ぎゅっ!と停まる。車庫入れ態勢に入っているのでしょう、10秒ほど止まる。動いた、バックにそろーっと。あーっ、違う!真上から眺めると一目瞭然なのですがその位置からその角度にハンドルを切っても120%目的の位置に納まることは出来ない。フェラーリ気づいた。切りかえす。若干前に出て仕切りなおす。しかしまた角度を誤る。きっとハンドルもすこぶる重いのでしょう、繰り返すほどに作業が雑になってゆく。でも超の付く高級車。やまかんでバックしてちょいとこすってもまあいいじゃん、てな訳にはいきません。眼下に展開されるのはその暴れ馬調ルックスと裏腹な年老いた陸ガメのようなスローモーション。

 切ない気持が体を包み込み、結果を見届けることなく窓際を立ち去ったオレでした。

 このとき初めて感じたのです。

「車庫入れには、なにかある。」

 と。

 だって、思うよりずっと深かったんだもの。哀しみが。

 ふたつめはこれもまたかれこれ10年ほど前だったと思いますが、呑み屋でのよくある一幕。2~3人の女子が「男子のこういうところはヒく、こういうところは萌える」トークに花を咲かせておりました。その中で、

1・車庫入れのとき助手席の背中にまわす腕が良い。

2・スムーズな車庫入れをされると弱い。

3・一発できめる縦列駐車はなおのこと。

 等の意見が次々と飛び出し、あたくしいてもたってもいられなくなりその会話に図々しくも首を突っ込みにいった次第。なぜに、車といえば動いてなんぼの道具なのに、高速でぶっ飛ばしてだとか夜景がどうしてだとかユーミンの「中央フリーウェイ」的世界でなくなぜに、あえて“停まる”動作に注目するのかと。男はおおむね走りに命をかけて車を所有するものだというのに、と。

 曰く、女子とは概して運転が苦手な生き物であると。そのなかでも車庫入れはひときわイメージのしづらい作業であると。なにがどうなってあの大きな機械がぎりぎりの小さなスペースに収納されるのか、訳がわからないと。そんな謎をいとも簡単に解決されてしまったとき、助手席にいる身としては運転席の男子に対してある程度のポイント加算をせざるを得なくなると。

 なるほど。ではその車庫入れがまったくダメだった場合、女子的評価はどうなるのかと問うたところ、それはもう、とてもじゃないですが文字に記すことなどはばかられる残酷な答えが雨あられと降ってまいりましたよ。酒の入った女子って、おっかねえよなあ。




 かような二つの経験から、車庫入れは男子力を試される重要な現場であるとあたくし結論付けました。

 ファミレスに入ってもタイムズに入っても、1cmでもスペースを省こうと腐心する都内の駐車スペースならばなおのこと、その局面がやってきた瞬間、びっ!と気合いが入るのよ。このときこの場においてもっとも美しい車庫入れマニューバを描くべく、俺は今生きている。いつもの自分家の車庫入れだって例外じゃありません。ひとりだって真剣。人が乗ってたらもう、公式戦。もしも心ふるわせる女子がしかも助手席にいた日にゃあ、果たし合いですよ!男子ライセンス、更新か失効かの瀬戸際ですよ!!原宿駅前の白線に入れる縦列なんて、絶対にはずせないよね。後方の交通の流れを寸分乱すことなくスムーズに決めないとね。前方に目標を発見する、その直後から若干左に寄って「はーい後続のみなさーん、私はこの先のあの空いている白線に停めたいクルマですよー!」とメッセージを送る。約30米手前からハザード点灯、真後ろの車の注意を促し白線の少し先のなるべく左に停車。先の信号が青ならば駐車を焦らず後続を前に流す。黄色信号になったらギアをバックへ。バックライト点灯により後続に「どうせ赤になるしそろそろ停めさせてちょ!」メッセージ発信。スペースを確保したら右掌はパーのカタチでハンドルをぐっと押さえ、取り舵いっぱい。左手を例によって助手席の背中に回したなら振り向きざまおもむろにバック!フィギュアスケート選手のようなS字マニューバを描き必ず一発で仕留めるべし。駐車料金300円/1hを投入したら、助手席と旨いもんでも食いに行けばいいじゃないのよ馬鹿野郎!

 失敬。いささか平常心を失っておりましたか。

 いやしかし都内の、特にスタジオの駐車スペースっつうのは、狭い。地方のコンビニとかいくらなんでも広すぎる駐車場があったりして笑いますが、都内のスタジオはその対極。これ本当に車庫証明下りているのかと疑いたくなる極狭スペースに、よせばいいのにでかいベンツとかボルボとか押し込んでんだよなあ。ドラムのひとって、なぜかボルボに乗りたがるよね。関係ないけど。や、燃えますよ。「むぅ、こ、ここは。」なんつって。絶好のトレーニング現場ですもの。音楽の現場に入る前から集中力全開。きっと俺、すんごい真剣な顔しているのではないでしょうか。しかも(女子目線による)男子力アップのためのトレーニングですから、間違いなくカッコつけているのでしょう。目力とか、意識して。ひとりで。地下とかで。




 が、そんな蜜月も今は昔。

 現在使っているのは家庭の諸事情により3列シートのワンボックス。ギアをバックに入れ気合い込めて振り向くとそこに鎮座するはチャイルドシート。紙おむつが無造作に転がっていたりして、狩りをするオスのホルモンがみるみる萎えてゆく。加えてバックモニターなるハイテク機能により、「直進バックだとこう行くよ」というラインが青で表示され、「今のハンドルの角度だとこう曲がるよ」というラインが黄色で表示される。おまけに「後ろのバンパーから60cm後方がここ」が赤の横ラインで示される。こんなご丁寧なことされたら誰だってどんな車庫にだって入れられちゃうじゃん!子供を抱えてドライブ大変なお母様方でも安心じゃん!なんでこんな優しい設計するんだよ、余計なことすんなよ世界のトヨタ!!

 (女子目線による)男子力アップ魂が著しくそがれておる昨今なわけです。しかしながらこのまま、トレーニングを怠るわけにはいきません。子を授かった女性とて己が女子力を磨かざるは罪。美しくありたいと願ってこその女子。ならばそれは男子も同じこと。チャイルドシート及び紙おむつには気合で肉眼モザイクを入れ、バックモニターは完全無視。セダンより目線が高いのはこの車がワンボックスだからではなくチェロキーだからだ、そう思い込むわけであります。




 さあベイビー、何を食べに行こうか。