「俺は反対なんだよね」
たった一度だけ友人に言われた事がある。
それは、それまで揺らぐ事のなかった自分の決心を、改めて考えるきっかけになるには充分過ぎる説得力を持っていた。
私は「性同一性障害」である。
いわゆる「FTM(Female♀To Male♂)」と言われるパターンである。
幼少期から自分を自覚するまではいろいろと悩み、葛藤もあったが、ちょうど時代の波にも乗り、今では心穏やかに日々を過ごしている。
もちろん、ここまで来るにはたくさんの人の力添えなくしては実現しなかった事ばかりだ
私はとても運が良く、友人や同僚にも恵まれ、皆んなが応援してくれ、賛同してくれた。
本当に感謝している。
おかげ様で
•ホルモン治療
•胸切除手術
•改名
•男性社員として就業
•男子更衣室、トイレの使用
など希望が次々と叶っていった。
残る希望は
「戸籍上の性別変更」
である。
だがある時、1人の友人に言われた。
「俺は反対なんだよね」
彼は以前の職場での同僚で、今は保険屋をやっている。
私はアパートの火災保険や自転車の障害保険など保険の全てを彼に一任している。
友人としても20年来の付き合いである。
別に保険に加入しなくても、友人が事故を起こして困っていたりすると気軽に相談を受けてくれる様な気さくな人柄で、私にとってはこの上なく信頼できる人の1人である。
その彼に言われたのだ。
彼は
「戸籍上の性別変更」
には反対だと言った。
誤解ない様に言っておくが、それ以外の治療については反対はしていない。
カミングアウトした時もいつもと変わらずの笑顔で聞いてくれた。
「改名した」
と報告した時も、すぐに保険証券の名前の変更をしてくれた。
そんな彼が何故反対するのか?
それは
•医療保険
•ガン保険
の事を考えての事だった。
「もし、戸籍の性別変更をしたら医療保険とガン保険の契約は出来なくなる。
理由は保険屋にとってリスクがデカ過ぎる客になるからだ。
今、おそらく性別変更した人は医療保険は契約出来ない筈だ」
と、彼は言った。
まさにその通りだった。
今のところ知っている限りでは、変更後の性別で医療保険を契約しようとしても、問い合わせの段階で断られてしまうらしい。
その問題を何とかしようと動いている当事者も少なくないらしいが、未だに明るいニュースは聞かない。
その事を彼に伝えると彼は
「それは当然だと思う。
今、もし、俺に頼まれても断る以外の返事は出来ない」
とキッパリと断言した。
「そのくらいリスクが高いんだよ」
と。
私は彼とガン保険と医療保険を契約している
それについては
「矛盾しているようなんだけど、オダちゃんはまだ戸籍上は『女性』だし、契約の段階で性同一性障害の話は聞いていたから大丈夫だよ」
と言って笑った。
これは30歳を前に契約したもので、
確かにこの時には
すでにカミングアウトしており、
今後ホルモン治療を希望して、改名もするつもりだと伝えていた。
(私は32歳から治療をスタートした)
「性別変更しなければ、報告の義務もクリアしての契約だし大丈夫。
でも、この先変更してしまうと話は変わってきちゃうんだ。
俺の力ではどうにもならなくなってしまう」
「それに…」
彼は続けた。
「それに、オダちゃんはもうご両親もいないし、何かあった時に保険に入っていた方が絶対に良いと思うんだ。
今はもう見た目も名前も男性だから、戸籍上の性別変更より保険を失くすリスクの方が高いんじゃないかな?
病気にならなくても、ケガとかもあるかも知れないし。
もちろん、何もないのが一番だけどね」
彼の言葉を聞いて私は自分のワキの甘さを反省した。
まさにその通り
なのだ。
私にはもう両親もいない。
弟がいるが、弟に頼りきる訳にはいかない。
何かあった時は最低限でも自分で何とかしなければならないのだ!
その時初めて治療に対する迷いが芽生えた。
確かに戸籍上の性別変更はしたい。
名実共に男性として生きていきたい。
性別変更しないリスクとしては
見た目と性別が違う
前例がない!
どう扱っていいかわからない
混乱を招く
などの理由から中々仕事につけない事が多い
時代がかわり、セクシャルマイノリティが幅広く認知される様になったとはいえ、まだまだその道のりは始まったばかりなのだ。
しかし、彼の言う事は少しも間違ってはいない。
私にとって大切な事は
「まさか」
の時の備えなのだ。
私は男だ
これは紛れもなく事実だ。
しかし、今その治療をここで
「とりあえず」
完結にしておくべきなのか
と、迷っている今日この頃である。
同時に
20年来の友人の助言に
心から感謝している
ありがとう!!