もうすぐクリスマスマスである。
この季節になると思い出す思い出がある。
「Merry Christmas」
今でも思い出すとドキドキする。
ささやかな事。
でも、心が幸せを感じる魔法の言葉。
時は90年代の頃。
当時、私は新宿は歌舞伎町の薬局で働いていた。
場所柄、様々な人間がお客様だった。
人種も様々だし、歌舞伎町で働いている人、観光客とその立場も様々だった。
ある時、私は1人で店番をしていた。
防犯上、あまり1人になる事はなかったのだが、その日は珍しく1人だった。
時間は昼下がり。
『不夜城』と呼ばれる歌舞伎町も何となく短い休息をとっているような時間帯であった。
そんな時間帯だから、あまりお客も来ない。
私はあくびをしながら1人店番をしていた。
有線放送からクリスマスシーズンを擦り込ませるかのようにウンザリする程のクリスマスソングが流れていた。
不意に自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
反射的に言ってお客を迎えた。
いつもは薬剤師の先生が座っている自動ドアの正面のレジの横で、当時10代だったガキンチョの私はちょっと偉くなった気分で迎えた。
私の声に恥ずかしそうに入って来たのはブロンド髪の白人外国人女性だった。
その当時、新宿の街ではたくさんの外国人がシルバー風のアクセサリーを路上販売していた。
みんな申し合わせたように、平べったい黒いトランクにアクセサリーを展示して売っていた。
値段は1000〜20000円位であったと思う。
そのトランクを広げて販売し、トランクを閉じて閉店。
そして、そのトランクをキャリーにくくりつけて引っ張って移動していた。
その彼女も、その黒い平べったいトランクをくくりつけているキャリーを持っていた。
でも、あまり見かけない顔だった。
細身で小柄で綺麗な女性だった。
彼女はドリンクケースの前で品物を選び、やがてポカリスエットを手にしてレジにやってきた。
「100円です」
レジを通して言うと、彼女はレジスターに表示された数字と自分の持っている小銭を手のひらに出し、ひとつひとつを確認して、おずおずと100円玉を私に差し出した。
「え?」
どうやら、彼女はまだイマイチ日本の貨幣には慣れていないようだ。
まだ来日して日が浅いのか?
に、してもーーだ。
大丈夫か?
ちゃんとアクセサリー販売はできているのか??
他人事ながら、心配になってしまう。
ポカリ1本も自信なさげの買い物だ。
「オッケー👌!」
と、私は明るく100円玉を受け取った。
彼女はホッとしてようにニコッと笑った。
素敵な笑顔だった。
その笑顔を見た若き日の私は閃いた。
今でも綺麗な女性は大好きだが、10代の頃の私はもっと好きだった。
「ちょっと、待って!」
私の声に帰ろうとしていた彼女はビックリして立ち止まった。
「クリスマスプレゼント🎁!」
と、有名製薬会社のキャラクターの象の指人形を取り出した。
そして、彼女に差し出した。
「OH!!」
彼女は嬉しそうに受け取って、「いいの?」というように私を見た。
「プレゼント!」
私も嬉しくなってニコニコして言った。
「Thank you!!cute!!」
彼女はとても喜んでくれた。
良かった!
このキャラクターのグッズは薬剤師の先生からは
「年末年始のサービスプレゼントにするからやたらに配ってはいけない」
と言われるくらい人気だったのもうなづけた。
彼女は嬉しそうに指にはめて、もう一度振り返り
私に向かってとびきりの笑顔で言った。
「Merry Christmas!」
え?
ドキンとして、何も言えずに笑顔の彼女を見送った。
ーーメリークリスマス。
彼女の言葉を聞いてから心がポカポカと暖かくなっていった。
いままで、こんなに心に染みた「メリークリスマス」はなかった。
そもそも言う習慣がないはずだ。
当時から日本においてクリスマスとは、ただただ大騒ぎをするか、プレゼントやイベントなと自己の欲求を解消するような行事。
カップル、カップルでは無くとも男女が「何かを期待して勝手に盛り上がる」ような日。
そんなクリスマスが当たり前だと疑問すらなかった私にとって、彼女のその一言は衝撃なくらい心に染みた。
「Merry Christmas」
そうか。
あぁ…そうなんだ。
この言葉は、こんなに心が暖かくなれるんだ。
心が暖かくなれる…幸せになれるそんな言葉なんだ。
今でも、この時期になると思い出す。
忘れられない思い出。
「Merry Christmas」
今年もまたやってきます。
皆さまに幸せな日になりますように。
Merry Christmas!!