私が性同一性障害の治療を開始して、男性化が進み、職場で「男」として働きだして半年も経とうかという頃の話です。

ある管理者が私の所にやってきました。

「お疲れさま、話を聞いた?」

「?…何でしょうか?」

「あ、聞いてない?実は同じタイプの当事者が入社したんだよ。」

「え?!性同一性性障害の??」

「そ、知らなかった?となりの部署に配属してるよ。」


私が勤めているのは大手プリンター工場に請負派遣として入っている大手派遣会社。

私が男性化するにあたって、いろいろ労力を尽くしてくれた理解ある管理者達。

私はその理解を裏切らないように一生懸命働いていました。

その会社での「トランスセクシャル・トランスジェンダーの前例」になるために…。


管理者のその言葉は、その想いが少し形になったのかも?と嬉しくなりました。

と、同時にその「彼」に会いたくなりました。

その日から隣の部署を意識して見るようになり「彼」を見つけました。

感じとしては、お笑い芸人の千鳥の大悟さんのような感じの人でした。

とは言え、中々話しかけられるチャンスはありませんでした。


見かける「彼」は男連中の中に溶け込み、いつも輪の中にいて楽しそうにしていました。


そんな頃、シフトが変更になり「彼」と時間帯がずれてしまい、あまり見かける事がなくなってしまいました。

それから1ヶ月位たった頃、管理者に呼び止められました。


「…ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな?…ホルモン治療の通院ってどのくらいの頻度で通うものなの?」

「え?…うーん、人それぞれで打つ薬や本人の体調によりますが、一番多いパターンは1ヶ月に1~2回じゃないでしょうか?」

「それよりも多い事ってある?」

「個人差がありまして、一概には言えません。検査して進めていきすが、あまり回数が多いと副作用で肝機能が上がりやすくなりますから考えにくいです。」


ちなみに私は1ヶ月に2度通院しています。

けれど、これは個人差やホルモン剤の
種類があるのでなんとも言えないのです。


「なんかあったんですか?」


思いがけない質問に聞き返してみました。


「いや、実はね、例の『彼』なんだけど…休みが多いんだよね。で、理由が『病院』ばかりなんだよ。」

「え?」

「本当だとしたら体調も心配なんだけど、たまに全然連絡が来なくて、やっと連絡ついたと思ったら『病院行ってました。』っていうのもあって…そんなのが1ヶ月のうちに何回かあるから…」

管理者はため息まじりに言いました。

「はっきり言って信じられないんだよね。体調悪いか?と聞けば大丈夫と言うし…。だから、通院の頻度ってどのくらいなのかな?って思ってさ。」

私はビックリして話を聞いていました。



通院やホルモン剤には個人差があります。

時には、ホルモンバランスが崩れて体調を崩したりすることもあります。

私も1度ホルモン剤が製薬会社の都合で変わった時には体に馴染むまで寝込んでしまった経験もありました。

「それにマサルちゃんは通院や検査の時は前もって届け出てくれてるでしょ?…なんか違うなぁって話が出てさ。」

私は複雑な気持ちで聞いていました。


ここの派遣会社の管理者達は本当に治療を好意的にとらえてくれていて、何かにつけて快く考慮してくれています。

もし、「彼」がこの会社の好意的な待遇に甘えているのだとしたら許される事ではないからです。

しかし、真相はやぶの中…。

「わかった。ありがとう」

そう言って管理者は行ってしまいました。




本当はどうなんだろう…。

本当に通院なのか、ただルーズなだけなのか…。

気になって仕方なかったのですが、私には知るすべがありませんでした。


そんなことがあってからしばらくたって、あの管理者を見かけたので私は声をかけました。


「お疲れさまです!その後『彼』はどうしてますか?」

「…ん?あぁ、あの後辞めたよ。」

「辞めた?!」


管理者の話では、あの後、本人と話したらやっぱり通院はしていなかったそうです。

当日欠勤の口実でした。

そして

「辞めます」

と本人から言ったとの事でした。



「ここが合わなかったんじゃないの?マサルちゃんが気にする事じゃないよ」


管理者は何かを察したように言ってくれました。


私のその時の一番の気持ちは「残念」でした。

「彼」に話しかけておけば良かった…。

私は「彼」と話をしたかったのです。

何気ない世間話をしたかったのです。

お互い「男」として働きながら…。


話す事は叶いませんでしたが、今もどこかで元気にしている事を願います。

でも、もう当日欠勤の理由に「治療」を使うなよ~。



追記
会社は今現在もセクシャルマイノリティーでも差別なく、あくまで面接結果で採用しているとの事です。
ありがたい事だと私は思っています。