タイトル 海を抱いて月に眠る

著者 深沢 潮(うしお)

出版社  文藝春秋

出版年 2021年4月 単行本2018年3月刊

 

内容 文梨愛(ムン・イエ 日本読みぶんりえ)。30歳の時韓国人と結婚し3年後に離婚。娘はなをシングルで育てている。  兄 鐘明(かねあき)。 日本人との結婚を機に日本国籍を取得。息子浩太がいる。

父 文山徳允(日本読み ふみやまとくのぶ)が亡くなり 通夜・葬式の場面から物語は始まる。

父の連絡先に頻繁に登場していた金美栄(きむみよん)。通夜の席で肩を震わせて泣く姿が。

そこから 父が韓国を出てきた場面へと。

姜鎭河(かんぢんは) 韓東仁(はんどんいん)とともに故郷慶尚南道の三千浦 から 密航船で出奔する。オモニからもらったポクチュモニを懐に大事に忍ばせて。。。それは3人が旧制中学の同志で労働者のゼネストに加わり当局に目をつけられているからだった。当時 16歳。父は本名 李相周(いさんじゅ)と言い 成績優秀で当時の教師の計らいで 中学で1年だけ日本人学校へ。その時は「国本直男(くにもとただお)」と名乗らされた。

密航船で同乗していたのは全員で7人。アン・チョルス コ・グヨンもその時のメンバーだった。対馬沖で遭難し 何とか岸にたどり着き やがて博多へ移動する。その時に アン・チョルスが米穀通帳をどこからか手に入れてきた。そこには

鎭河は朴永玉(ぱくよくおく) 昭和3年2月3日生まれ  東仁は金太竜(きむてろん) 昭和2年5月27日生まれ  相周は文徳允(むんどくゆん) 大正15年9月10日生まれ と。そこからはこの名前と生年月日で生きることになる。

アン・チョルス 日本呼び安川の勧めで東京へ行く3人。 アンの知人の豊川の家に転がり込む。そこにいたのは愛人の奈美子だった。戦争は終わっているのだが 日本人の韓国人への差別は続いているため 人前では朝鮮語を使わない 日本名を使う生活をしていた。

学歴もなくできるのは肉体労働だが 徳允は1948年 朝鮮学校の教師に潜り込む。しかし 外国人学校の扱いに異議をとなえ 離職 その後は パチンコ店の店員などをしていく。 

その間 3人は 韓国の民主化政治活動に熱心に参加。

日本に来て13年 東仁は早稲田大学の同級生 慶貴と結婚。文筆活動を盛んにしていた。 鎭河は新橋でパチンコ店を経営する盧来善の姪と所帯を持ちすでに2歳の娘もいる。

その年 韓国では李承晩が学生デモで退陣すると 軍のクーデターで朴正熙が台頭。朴は不正選挙のやりたい放題で大統領に就任すると 独裁政権が誕生した。秋には在日韓国青年同盟が発足。ここに事務で入った南容淑(なむよんすく)を見初め結婚する。

ほどなく妊娠するも死産 流産ののち 4年後男の子が生まれた。この子が鐘明。男の子なら自分の代は周 その次の代は金へんの文字を使い 文字は中国の歴代国家をざぞるもの。妻はこれを機に日本名を希望したが 譲らず 読みをかねあきとすることで落ち着いた。しかし出生後すぐに心臓の病気がわかり とりあえずの手術 体力がつく小学校入学を目安に根治手術をすることに。その間も妻に優しい言葉をかけそびれ 気づまりで活動にのめり込むという日々だった。役割は主に資金調達。全国を飛び回っていた。

日本にいる金大中氏の活動を支援し 尊敬する3人。しかし 対立は激化し 3人のいる事務所が襲撃されたことも。その襲ってきたメンバーにチョルスがおり再会する。

そんな頃 オモニの危篤の知らせが入る。徳允は当局にパスポートの発行を抑えられていて すぐに韓国に行くことが出来ない。

チョルスに相談し 活動から手を切ることを条件に 発行してもらう。

そしてKCIAにより東仁が拘束され 韓国で獄中死する。それは奇しくも 1976年梨愛誕生の日だった。梨はオモニの名前梨蘭からもらって名付ける。 徳允は武蔵小山の駅前に土地を購入しパチンコ店を経営する。

 

美栄の態度に疑問に思い 会いに行く梨愛。そこには知らない父の姿が。東仁が亡くなり困窮する美栄一家に徳允は金銭的な援助をしていた。そして美栄は小児科医になった。そんな父を美栄は親しい人にたいして使う「サンチョン」と呼ぶ。

兄と父の遺品を整理すると 兄は父の残した 半生記のノートを見つける。韓国人として生きることを快く思わなかった兄が急に父を受け入れたことに疑問を持った 梨愛にもノートを読むことを勧める。それは20冊にも及び 本当の名前があること 活動をしていたこと すべてが知らないことばかりだった。

そして 兄と梨愛 美栄で韓国の故郷に分骨をしに行く。徳允の弟家族 妹 親戚等が手厚くもてなしてくれた。晩年は頻繁に故郷を訪れ孫たちの話をしていたと。鎭河は先に帰国をしていて色々手を尽くし元の名前を取り戻して暮らしていた。

東仁の骨は鎭河の手で故郷の道路端に埋葬していたが 舗装工事で場所がわからなくなっていた。

梨愛は 自分も 李の名前を名乗ることが出来ないかと考えるのだった。

 

所感 柚木麻子氏が新潮社から版権を引き上げた理由になった作家さんとして知った。徳允の残したノートという形をとり 韓国の歴史 日本での活動の歴史が語られている。その物語に引き込まれてしまった。

韓国を侵略した日本という側面と 何故か人は蔑む対象が欲しくなる性分と 解放された後の韓国で起こった出来事と 幾重にも重なっていて とても一言の感想にならない物語である。

日本での活動について とても細かく記載されていたが それも いずれは韓国へ帰ることを考えていて 韓国そのものを良くしたいという思い 在日2世で今 日本で暮らしている そのものの暮らしを良くしたいと考えている思いと ぶつかりあう場面も。そして 朝鮮半島の分断という事態にも。

そして 「名前」について。何通りもの名前が存在。読み方についても。活動のためで仕方なくということのほかは 自己の都合では全くないということ。名前って単なる記号ではないということに改めて考えさせられた。