『恋する瞳は美しい』(後編)
忘れた頃にやってくる・・・・・・・・!
もうすご~~~…く、前に書いたSSの後半パートです…。前半ふざけておいてあれなんですが、後半は似非シリアスになりました。。。
ちなみにずっと謙也君のターンです。 白石とうとう蚊帳の外に…。(…)
ヒロイン(←※武蔵のことです)ですらほっとんど出てきません・・・ すみません・・・
謙也はテニプリ内で1、2位を争う片想いが似合うキャラだと思うんです…!もちろん良い意味で…!!
(そんな わけが あるか)
無駄に長いので読むのしんどいのですが、お付き合い頂ければ嬉しいです。
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「…なんやめっちゃ疲れたわ…」
ひとまず事態の収拾は銀と千歳に任せて、俺はこっそりとホテルを抜け出した。あいつらがいれば当面は大丈夫だろう。
白石のアレは、最近始まった発作のようなものだ。少し経てばいつもの冷静さを取り戻すだろう…多分。
今日のは一段と酷かったが…。
先程の地獄絵図を思い出して、胃と頭が同時にキリキリと痛み出した。努めて考えまいと、わざと胸を張って大股に歩き出す。
もうこうなってしまった以上、いっそ鏡見には白石と本格的に付き合って貰うか、もしくは全く関係ない別の誰かと付き合って貰うしかない。この際男女は問わない。
どんな形にせよきっちり決着をつけるしかないだろう。もはやそれしか道はない気がする。
四天宝寺テニス部の安泰の為に。俺の平穏無事な部活動の為に。
それよかなんで俺がここまで世話焼いてやらにゃならんねん、と呟きながら歩いていると、いつの間にか公園へと辿り着いていた。
この場に留まる理由は何もなかったが、習慣からだろうか。なんとなくそのままボールの音がする方向へと身体を向けた。
人もまばらなテニスコートで、真っ先に見憶えのある青と黒のウェアが目に入る。鏡見だ。
時間帯からして試合ではないだろう。かといってパートナーらしき人影もなく、一人黙々とサーブ練習をしている。
キレイなフォームやな。
タイミングの良し悪しを考えるより先に、その後姿が目に留まった。
女子の目線で見れば、鏡見は美形の枠に入るのだろう。だが、白石や氷帝の跡部と違って、別段目立つ訳ではない。
”目立つ”のではなく、”目を引く”タイプだ。視界に入れば自然と足を止めてしまうような。今の俺のように。
他の連中からしてもそう映るのだろう。
その証拠に、いつもあいつの隣には誰かがいる。
「…いつもて。そんなしょっちゅう見とる訳やないわ」
勝手にこぼれ出た呟きにぎょっとして慌てて口を押さえるが、間に合わなかった。
ボールを投げようとしていた手を止め、鏡見が振り向いた。
そして俺の顔をじっと見ながら3秒程停止した後、口をぱくぱくさせながら近付いてきた。
「あー…っと、確か……忍足だ!氷帝の忍足の…弟?」
「弟ちゃうわ。イトコや従兄弟」
思い出すのが侑士が先て、と不満に思ったが、あえて口には出さなかった。
そんな俺の様子を鏡見は全く意に介さず、フェンスの扉を開けてコートの中へと招く。
「いやほんとナイスタイミング。ストローク練習したかったんだよな、やろうぜ」
「俺今ラケット持ってへんねん。お前も持ってないやろ?予備」
ベンチ無造作に置かれたラケットケースは、一本しか入らないタイプだ。
ついでにこのとーり、とポケットから出した手をひらひらさせ、完全なる手ブラであることをアピールする。
明らかにガッカリした鏡見の表情に、テニスラケットは常備しとくもんやなと一人悔んだ。
俺も出来ればお前と打合いたかったけどなぁ…
慰めのつもりで言ってやるより早く、鏡見に先手を打たれた。
「そっかー、じゃあいいや。ボール拾ってカゴに集めてくれるだけで」
「おう、まかしとけ! って何でやねん。お前通りすがりの俺に球拾いさす気かい」
「ハハッ、だよな。んじゃあ今日はそろそろ上がるかー」
口ではそう言ったものの、結局手伝ってしまうのは俺の性分か。
鏡見のアッサリ・あっけらかんとした態度に若干不満を感じつつ、ボールをカゴに放り投げる。
それから、なんとなくここに着いた時から思っていたことを口にした。
「自分…今日は一人なん?珍しな」
「うーん、ちょっと想うところがあって…ってヤツ?そんな気分の時もあるだろ」
せやなと返しながらも、かがんでボールを集める鏡見の背中は、どことなく寂しそうに見える。
いつも楽しそうにテニスをするコイツしか見ていなかったから、初めて目にするその様子が余計に気になった。
…またや。だからいつもて、そんないつも見てへんちゅうねん。
光速でセルフツッコミを済ませてから、悩みあんなら聞いたるで~と軽いノリで話しかけてみた。
ウザいと思われんように注意を払いつつ。
「…実はさ。転校することになってさ、俺。ちなみにアメリカな」
ぽつりと呟いた鏡見のセリフに、すぐには反応することができなかった。
「ハァ…?いやいや、何のギャグやねん。自分ついこないだ転校してきたばっかやろ」
しかもアメリカて。どんだけ遠くへ飛ばされんねん。
ツッコミの手のつもりで放ったボールはむなしく転がり、返ってくることはなかった。
曖昧に笑った鏡見の様子で、それが冗談ではないことが理解できた。
親の仕事の都合らしい。それを出されるとどうしようもない。俺らガキには、どうにもでけへんことやな。
空気がわずかに重くなったのを肌で感じる。
何か言ってやらねばと頭を高速回転させるが、結局あたりさわりのないことを尋ねるに終わった。
「…そや。ソレ、誰かに相談したん?」
「まだ、誰にも」
「そら…また」
「なんでお前には話しちまったんだろうな」
どこか気恥かしそうに笑う鏡見に、不覚にも胸が高鳴った。
なんでかなんて、そんなん俺が一番聞きたいわ。
つまるところそれは、何かのCMのフレーズ風に言うと”なぜなら特別な存在だからです”ということか。
視線が合うと、ふいっと逸らされてしまった。何やその意味深長な素振り。
全く予期せぬ反応が返って来てしまい、動揺が声へと伝わってしまった。
「な、なんや。パートナーにも言わんこと…俺にしゃべってエエんか」
「えっ?…ああ…いや、アイツにだけは全部話したよ」
あ、そう…。
たった2秒で平常心へと引き戻された。なんやヌカ喜びやないかい。俺の気持ち弄びよってからに。
ついでに白石ご愁傷サマ、と心の隅で合掌した。
少しはにかんで、その時のパートナーとのことを、まるで産まれたての雛鳥を包むみたいに、大切そうに話す鏡見を横目で見ながら。
「まぁ…あれやな、ほとんど知らん奴のが話しやすいっちゅうこともあるやろ」
半ば投げやりに吐いたセリフに、自分で言っておきながら、心臓がチクリと痛む。
「俺の事は路傍の石とでも思ってくれや」
「なんだよソレ。じゃあ石に独り言しゃべってるとか、オレ普通に危ない奴だろ」
笑いながらも、頭では先程の言葉の意味を考えていた。
”誰にも”の中に含まれない鏡見のパートナーは、その他大勢とは別格な存在だということになる。
俺とソイツの、永久に越えられないであろう高い壁を感じた。
それに、今の感じは…ただのダブルスパートナーというより、むしろ、もっと別の…
「さ、この話はもう終わり。…そういや、忍足は何やってたんだ?こんな所で」
暗い表情になった俺を気遣ってか、転校の話題を切り上げる鏡見。ようやく当初の目的を思い出した。
「え?…あ、ああ……せや、実はお前に話があってな」
「俺に話?」
「え~っと、あー…なんや、その。…少々込み入った話いいますか…」
「歯切れ悪いなぁ、ぶっちゃけちまえって。やっぱ止めたとかはナシだからな」
このタイミングで言うような話題ではなかったが、鏡見の期待に満ちた表情に促され、渋々口を開いた。
肩に置かれた手を、その感触をできるだけ意識しないように気をつけながら。
「つ…付き合ってくれへんかな。紹介したい奴がおりますよって…」
「なにっ?んだよそういうことは早く言えって!どんな子?試合とか観に来てる子?どんなカンジ?写メとかある?」
「いやぁ…写メも何もお前も面識あるんで…… 顔…はええかな、うん。性格も良い…思うで。テニスも出来てなぁ…」
「そっかぁ、参ったなー。そんじゃいっちょ作っちゃうかな~、夏の最後の思い出」
どんどんテンションの上がっていく鏡見とは正反対に、俺の心はネガティブに下降していく。
本当にここで白石のことを話すのか?あいつのあのスペックは、男心までかっさらって行くような男だ。
いやそんなことよりなんやコイツ、近いうちに国外逃亡するってのに、何やねんそのテンション。寂しくないんか。
それにパートナーには、ソイツだけには打ち明けるて。そんで今の今まで俺に一言もないっちゅーのはどないやねん。
寂しそうながらもなんとなくスッキリした顔してたのは、その大事なパートナーとやらとわだかまりが溶けたからか?
辛いのを誤魔化すように、やや大袈裟に浮かれてみせてるのだと理解しながらも、理不尽な苛立ちは溢れる一方だった。
俺はこんなに、しないでもいい苦労を背負い込んでるってのに。
誰のせいでこんなに悩んでると思っとんねん。
気がついたらお前のことばっかり考えてる
「鏡見、付き合うて欲しい。…俺と」
俺の中で何かが切れた感覚がした瞬間、既に言葉になっていた。
「俺と付き合えや、武蔵」
「……?」
「ゴチャゴチャ言わんと、お前はハイ頷くだけでええんや」
俺の動かせない目線の先で、全く状況が飲み込めずボンヤリしている表情から、かろうじて「俺まだ何も言ってないんだけど」という顔に変わる。
何言ってんだと思う意識を遠くに置いて、口だけは滑らかに動く。
結局のところこれが俺の本心なんやと、頭の中で俺が他人事のように呟いた。
「…あ…っと…」
返事を促す為に黙ったまま睨みつけている俺に、明らかに困惑している。
視線は外さないまま、真剣に考え悩んでいる。どうしたら俺が傷つかないかを。
バカなこと言ってんなよと笑い飛ばしてしまえばいいものを、妙なところでクソ真面目な男だ。
今なら、冗談だと言ってやれば、今までのことを全部リセットできる。
それから向こうでも頑張れよと背中を叩いてやれば、鏡見も晴れやかな気持ちで旅立てるだろう。
俺のその一言さえあれば、誰も傷つかなくて済む。
「…あ…あのさ、忍足。俺は…」
その続きを待てなかったのか。それとも聞きたく無かったのか。
飲込ませるように、唇を塞いだ。
おそらく、そんなに長い時間ではなかった筈だ。
閉園の案内放送が遠くで聞こえる。そうして、ようやく俺達の間に空気の通り抜ける隙間ができた。
ゆっくりと背筋を伸ばす。少し低い位置にある鏡見の眼は、先程と同じように俺をまっすぐ見ている。
その視線に押されるように、じり、と後ずさる。
俺は今何を、とか、そういうレベルではもはや無い。決定的だ。
ようやく自分のしでかしたことの重大さが圧し掛かってきた。終わってしまってから。
当の鏡見は変わらず俺を見ているが、その目は怒っているのでも非難しているでもない。
いわゆる一種の思考停止状態、何が起こったのか理解できていないだけだ。
言い訳も取り繕うこともできず、鏡見の無反応をいいことに、そのまま二歩、三歩と後退し続ける。
背中がフェンスにぶつかって、それをきっかけに、一気に。浪速のスピードスターと言われる所以の俊足で逃げ出した。
俺の名前を呼ぶ声が背後から聞こえるが、立ち止まれる訳がない。
今は1メートルでも遠く離れたかった。絶対に追い付かれないよう全速力で。
何だ今の。俺は今アイツに何を言って、何をした。完全にキャラ変わっとるやないか。
後ろを一度も振り返らず、進行方向すらも見ず。ただ滅茶苦茶に走り続けた。
あかんもうワケわからん…
ただひたすらに、がむしゃらに走って走って日もすっかり落ちた頃。
ようやく宿泊先のホテルに辿り着いた。
重い脚を引きずりながらロビーのソファに身体を沈める。年季の入った溜息と共に。
その頃には幾分か気持ちは落ち着いていた。
「あっ、ちょーっと謙也!あんたどこ行ってたん?ミーティングとっくに終わってもうたわよッ」
出迎えてくれた小春の声で、霞がかっていた頭に現実感が戻ってきた。
というより、たまたま通りかかった風だったが。
「や…ヤボ用っちゅーか…そんな所や。出れんとスマンかったな」
言いながらミーティングが終わっていたことにホッとした。そんな気分ではとてもじゃないけど、ない。
なにより、今日はもう白石と顔を合わせずに済むかもしれないということに一番安堵した。
今になって罪悪感や後ろめたさがひしひしと胸に迫ってきている。
よりにもよってダチの惚れとる相手にちょっかいかけるなんて。
いくら苛立っていたとはいえ、あれはなかった。我ながら不可思議すぎる行動をしてしまった。
白石には死ぬまで黙っておくにせよ、鏡見…
鏡見にだけは謝らなければいけない気がする。
この間のアレは俺もちょっと色々あって疲れてて、単なるノリだったんやと。
あの言葉もあの行動も深い意味はなくて、全部気にせんと水に流してくれれば…
「…あら?あらあらあら??」
「なんやねん…ジロジロ見んなや」
何故か無遠慮に・執拗に顔を覗き込んで来る小春。
人がシリアスに浸っとるっちゅーに、一体何のつもりやねん。
正直かなりウンザリしたが、身も心も疲れ果てていた俺には顔を背けるくらいしかできなかった。
「キラキラさせちゃってぇ。しかも切なそぉに」
「ハ?なにが?」
「うう~ん何ちゅうか、アンタも蔵リンとおんなしような目ェしとんなぁ思て」
「……はあ…?」
「分かったわ、恋ね!謙也も恋しちゃったのね。誰よ~~~まさかアンタも鏡見く」
「じゃあしゃあ!だぁっとれドアホ!!いてこますど!!!」
「な、何やねんいきなり怒鳴んなや! もうっ、やーねぇみんなして…穏やかじゃないんだからァ」
ロビー中に響き渡る大声を張り上げ、またも俺は逃げ出した。
背後から小春の地声の怒声が聞こえた気がしたが、そんなことはどうでも良かった。
階段を二段飛ばしで駆け上がり、そのままの勢いで部屋へと飛び込む。扉を後ろ手で閉めると、沿うようにその場にへたり込んだ。もう一歩も動けなかった。
息苦しさの向こうで、次々に湧き上がる想いを片っ端から否定してゆく。
誰が誰に惚れてるって?
アイツに惚れとんのは白石やろ。俺じゃない。俺は違う。
俺は武蔵のことを好きなんかじゃ、決して
「な、なんやコレ…。なんで俺…みっともないわ……」
走ったからではない頬の熱さと、理由も分からず零れる涙に喚きたくなるのを必死に堪えた。
浮かんだまま消えないあいつの姿にも。
間もなくアメリカへ行ってしまうという事実が、今ひたすらに胸を締め付けた。
俺はまだ、何ひとつ大事なことを伝えていないのに。