人生何が起こるかわからない。
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新幹線にのって静岡県から京都に向かう途中でそんなことをおもった。

職がなくて彷徨ってやっとみつけた行商。転々としながらものをうるのだが、偶然にも最初にあつかった商品が彼氏の住む京都のものだった。

必死になって働いた。

認めてもらうことで彼氏に会いにいけると必死になった。そして手にした会議の為の京都いきのきっぷ!

まさか経費で、彼氏に会いに行くチャンスまでもらえるとは!

とはいえ、軽く喧嘩中だったこともありそわそわしていた。

久々にあうこともあり非常に不安だったのだ。

そとは酷い雨。
不安なまま、イヤホンで音楽をきき
写真をとった。不思議なもので不安や期待まで写真にうつってしまった。

この写真は自分が頑張ってきたことも緊張も不安も写ったため好きな写真になってしまった。自分だけしかわからないことかもしれないが、大切な写真だ。

なにがおきるかわからない。それでも前へすすむ。
そうきめた気持を忘れないでいようと思う。

そしてこのあと私は再度それを痛感することになる


なんとこの写真をとったあと突風で新幹線とまったのである。

なにがおこるかわからない。

突風のなか、進む新幹線は私をおくれてでも京都に送り届けてくれた。

なにが起こるかわからなくても、欲しいものやあいたいひとは明確。

いろんな無駄な不安をヌルヌルまとめて今度はかてにするんだ。

そして無事京都についたのは深夜だった。

iPhoneからの投稿
はじめまして。佐藤エレキです。
プロフィールって難しいね。何書いていいかわかんないままブログ放置なんてこともやってしまうから、サクっと書いてしまおうと思います。
私は、1978年生まれの女子です。もう32年も生きちゃいました。
その間人並みに恋をして仕事を転々として今があるんですが、一つの場所に落ち着くことなく本当にテンテンと漂ってきたのが私の個性なのかなと最近思います。
この生き方にはもちろん悪いところもあるんです。
むしろ悪いところの方が際立って見えたりするのも事実です。
ただいい悪いも無視して、ドストレートに文章を書いたら読者さんはどう受けとるんだろうって今は思ってます。いい悪いの判断は皆さんに任せます。
こんな印象を持ってほしいからこの書き方でなんて、そういうやり方はもうやめます。
以前やっていたわけですか・・・。
佐藤エレキは、今まで生きてきたしこれからも死ぬまでいきます。
その時間に何を考えて、何を感じたか。それを素直に文字にして自分の人生をまっすぐ生きていきたいのでここに文章を残すことをきめました。

そして、佐藤エレキの人生にはとても大事な人物がたくさんでてきます。
ブログの登場人物にもなるでしょう。
10年来の親友サンデーとトミー。育ててくれた両親。弟のチャー。親戚のミーおばさんとトンおばさん。
たとえ関わり方が歪だったとしても一緒に生きてきました。
今までエレキがいきてこれたのは彼らのおかげです。
エレキは、彼らといきることを選んで今まで生きてきました。
それを受け入れて一緒にいてくれた人たちです。
本当に感謝しています。
これからの事は何も予測ができないけど、心の底からありがとうと言える人たちが彼らだとおもいます。一生変わらない事実です。
エレキは今ちょうど人との関わり方についての分岐点に立っています。
だからこれからのことはちょっと予測がつかない。
でも、いまいきてることに感謝する気持ちは消えないです。何度もいうけど。

登場人物として最後にあげる重要人物がエレキのパートナーみつ君です。
彼はこれからてをつないでずっと一緒に歩いていく人です。
そう決まってる人です。

彼は遠距離恋愛の恋人です。私が東京に住んでいてみつ君は京都に住んでいます。
新幹線2時間半の遠距離恋愛です。
彼を紹介する言葉はとても難しい。でもまずいっておかなきゃいけないことをさきにかいときます。
みつ君は、身体障害者です。赤い手帳を持っています。
みつ君は、国に指定されている難病患者です。病院にいったときにしらされる結果はお医者さんも首を傾げるようなことばかりです。
みつ君の右脳は70パーセント機能していません。おかげで話すことも難しいといわれていたそうです。
話す所か左手と左足は未だに麻痺しています。麻痺しているのにふれると激痛が走るといいます。
でもみつ君は歩けるし、しゃべれます。
187だか何だかある身長でのそのそと普通に歩き、ひょこひょこと歩き回る私をいつも危険から守ってくれます。
パッと見少してが不自由に見えるだけでものすごく元気で、トミーもサンデーも足が不自由だとは最初気がつかなかったほどです。

みつ君はエレキの5つ年上です。
身長は15cm違う。ての長さも身長もちょうどすっぽりと包んでくれるサイズで心地よいです。

3年ほど前に脳梗塞で倒れ、リハビリを続け1年半ほど前からエレキと付き合っています。
よく聞かれることですが、みつ君と付き合ったときにはみつ君はもう病気でした。
倒れたとき脳梗塞の原因となったのが難病だったことがわかり、その病気と向き合ってみつ君は生きています。私もそのみつ君とてをつないで生きています。
はじめてあった頃のみつ君はもちろん歩いていましたが、今のようにスムーズではありませんでした。
一年半かけて彼は努力を怠らず背筋を伸ばしスムーズに歩けるところまできました。
動かず、年中手のひらを広げるように右手でほぐしていた左手も今は頭上まで上がります。
エレキは一緒に生きて一緒に経過した時間をみています。過ごしています。
病気になる前の彼は、聞いた話でしか知らないけどてが上がるようになった彼をしってる。
スムーズに歩けるようになった彼を知ってます。
その経過も努力も知ってます。

だからこういえる。

歩けたりしゃべれたりするのはみつ君が勝ち取った自由です。
努力で勝ち取った自由。世間で言えば奇跡の類。
でも、勝ち取ったものです。

私はそういうみつ君が大好きだし、これからもてをつないで階段を歩きたいと思ってます。

ものすごくよくかいてるけどもちろんみつ君にだって、悪いところはある。
いいところもある。それは私も一緒です。
私たちはこれから二人で生きていくことを決めました。
形式にはこだわらず自分に見合った自由を携えて死ぬまでいきます。
いいところも悪いところも、左手と右手をつないで階段を登るように死ぬまで生きます。
だからこのブログには一緒に歩いていく人としてたくさんみつ君が出てくるだろうと思います。

私たちのことを書くためのブログでもあるので。

墓石には名前と享年がかかれますよね。
その墓石にてを触れて、心にその人を描けるのはその人を知っていた人だけです。
何も情報がなのに冷たい石に触れても、そこにあるのはただの石。
あの石はきっとそういうスイッチです。
私は生きていた時間を、文字にすることでそのスイッチにふれたとき「悲しい」という感情とは別に
ああ。。。この人は生きていたと心に描けるような装置をつくっておきたいのです。

この文章を読んだ人が、私より長く生きていたら。
もしも、私が死んだ後私の文章を見る人がいたらその心に私を描けるスイッチになるような文章が書きたいと思っています。
そしてそのスイッチが押されたときに、心に描く私や私の大切な人たちがスイッチをおした人にすこしでも幸せとか、くすっと笑う程度でもいいから暖かさを感じてくれれば最高だし
文章をかくなら、そう生き方をしていきたいと今は思っています。
決して後ろ向きに話しているわけじゃなくて、その思いがいま文字を考えてうっている私のストレートな思いです。

ちっともサクッと書けてませんが自己紹介はこの辺にしたいと思います。
すこーしでも心に私とみつ君を描けたら、これから読むことがきっと楽しくなると思います。
見たこともあったこともない皆さんの人生が今日もハッピーであるように。
そして、私とみつ君の人生もハッピーであるように。

そんな願いをこの文章は結びます。
では本編で会いましょう。ばっははーい。