ご自身が出演されている作品をこの連載でも取り上げてくれるようになったのは嬉しい限り。

この作品は、初めて観て以来、触れるたびに感じることがあって、なかなか感想がまとまりません。とりあえず、思ったことを綴ってみたいと思います。ネタバレしておりますのでご留意ください。

 

冒頭で、杏が置かれている状況の壮絶さにまず打ちのめされました。その後刑事多田羅と出会って、次第に生活を変えていこうとする彼女の様子が、淡々と、ともいえる調子で映し出されていきます。仕事が決まり、夜間学校にも通い始めた杏の笑顔にほっとしたのもつかの間、過酷な運命が彼女を待ち受けている…

 

実話をベースにしているのは知っていて、結末は分かっていても心が痛みました。初見では、前半の描き方があっさりしているように感じたのですが、何度か観ているうちに、これは“行間を読む”作品なのだということに気づいてきました。映像作品に対しておかしな言い方かもしれませんけれど。杏は、特に前半ほとんど言葉を発しません。それ以外の登場人物も決して多くを語らない(多々羅は饒舌に見えるけれど同じことを繰り返していることが多い)。語られないことをこちらが読み取っていく作品なのだと思います。その行間に、作り手が込めた思いを、しっかりと受け取っていきたいと思うから、観るたびに新しい発見があったり、解釈が違ってきたりもします。

 

杏を演じた河合優実さん、素晴らしかったです。台詞が少ない中、目の動きから手の使い方まで杏という個性を繊細に表現されていたと思います。ただ憑依してしまうのではなく、その役と向き合って作り上げていったような気がしました。

 

そんな杏を助ける多々羅は、ご自身の個性が色濃く出る俳優である佐藤二朗さんが演じていたのが、作品に明るさを与えていたと思います。二面性のある役柄だったけれど、ジキルとハイドのような裏表ではなく、清濁併せ持っている人なのだと納得できました。

 

吾郎さんが演じた雑誌記者桐生は、色々な葛藤を抱えていつつ、監督や佐藤二朗さんが「フラット」とおっしゃっていたように、出来事に静かに対峙している。地味な立ち位置なのに独特の存在感がありました。杏の生き様を書いた記者と、刑事多々羅を告発した記者は現実には別の方だそうで、その二つの役割を併せ持つ役は難しかったと思います。上手く表現できないけれど、地に足のついた誠実な記者、杏や多々羅に対する複雑な思いが伝わってきました。ラストの桐生の慟哭は、観ている私たちの思いを体現してくれたのだと感じています。

 

後半、コロナ禍になって杏が孤立した時、多々羅や桐生からの接触がなかったことが、最初はもどかしかったのですが、振り返ってみると当時は自分も友人や知り合いに、コンタクトを取ることすらしていなかったなと思い出したのです。電話やメールをすることすら控えていたような気がします。あの異常な状況を忘れてはいけない、それが監督の描きたかったもう1つのことなのかなと思いました。

 

 

シネマナビ!で印象に残った一言:

「僕は客観的にこの映画をとらえられているか分からないけれど、こういう思いをした人がいること、コロナ禍でこういうことがあったことは、記録して記憶しておかないといけないと思う。だから多くの人に観てほしいです。」

 

公開から2週間が過ぎ、口コミで上映が広がっているとのこと嬉しい限りです。吾郎さんのおっしゃる通り、多くの方々が観てくださることを願っています。そしてきっとこれからずっと語り継がれていく作品になっていくと信じています。

 

色々な役柄を演じてくれる吾郎さんですが、特に『半世界』以降、役の幅が一層広がっているような気がします。そして出演作品もバラエティに富んでいてどれも素晴らしいのが嬉しくて、ファンとして誇らしく思います。ちょっと気が早いですが、次回作もとても楽しみです。

 

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