僕が幸せでいられる場所

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あー、なんでこうも人間っていい記憶は少ししか残らないで、悪い記憶はいつまでも覚えてるんだろうね。

悪い記憶なんてすぐ忘れたいのに。

何年経っても、きっとこの先も消えないんだろうな、


中学の頃、

学校に入ると一年の頃は何もなくて幸せだったんだけど二年生からいじめが始まって… 

最初はクラス内の悪口とかで済んでたんだけど、 

段々酷くなるとグループから外されたり、無視されたり、筆箱とか盗まれて捨てられたり、友達からもらったキーホルダーは壊されて落書きされたり、ノート・教科書も落書き、男子からは盗撮されてネットにあげようか?って脅されたり、「イヌ」ってあだ名つけられて毎日奴隷みたいに扱われてたし、授業中には後ろから輪ゴム飛んできたり

クラス内だけならまだ良かったけど、他のクラスの子がわざわざうちのクラスに来てまで悪口言って帰ったりは毎日だったし 、家に帰ったらSNSでの誹謗中傷。

気づいたら学年中の標的にされてた。

正直もう逃げ道なんてどこにも無かった。

楽になれる時間なんてないし、ずっと苦しかったし、もういっそこの世から居なくなりたかった。

死にたいけどそんな勇気ない自分が憎かった。

口では簡単に死にたいなんて言えるくせに、いざってなると怖い。行動に移せない自分が悔しくてたまらなかった。

普通に生きたいのに、生きられない。

なんであの子はあんなに幸せそうなのに、

なんで?どうして?私は皆みたいに普通に生きれないの?そもそも普通って何?って毎日毎日考えてた。

毎日家に帰って1人で泣いて、でも親には言えなくて、時には授業中にも泣いてた。そして自傷行為もした。


それでも事を大きくしたくなかったから、先生には言わなかった。負けた気がするから、

これはただの私の強がりだねきっと。

ある時全校で匿名のいじめのアンケートがあって、その後に集会でこの学校にはいじめがあります。って先生は言った。

私はその発言が嫌で嫌で仕方なかった。

問題があるって答えだけで、解決策なんてひとつも言わなかったし教えてもくれない。

その瞬間は怒りが収まらなかった。

なんでこんなに苦しんでるのに結果論しか教えてくれないんだろうって

その後クラスで先生がこのクラスにはいじめがあるって言った。

私はその発言にも怒りが込み上げたけど、その話を聞いて笑ってる人もいて、

怒りよりも、悔しさが凄かった。

なんで人が苦しんでる姿見て、こんな平気で笑えるんだろうって

なんで私ばっかりこんなに惨めな思いしなきゃならないんだろうって

それと同時に思った、

いじめって人を苦しめたら最終的には不登校になるのが当たり前じゃない?みたいな考えが当たり前の認識になりつつあるって事。

私はその考えが当たり前になりつつある世間が大っ嫌いになった。

何でもかんでもいいなりになりたくない。

当たり前にしたくなかった、裏切りたかった。

少しでも虐めている側がそれで何か変わって欲しかった。

今思うと私なりの反抗期だったのかな?笑

だからそれからは、毎日学校に行った。

お腹が痛くて動けない位になっても、

悪寒がしてて体調悪くても、

一日でも休んで悪口言われるのが嫌だったから。

そして、進路相談で三者面談した時先生に今の学力だと県立の志望校は無理ですね変えた方がいいですよって言われた。

その瞬間もう誰も信用出来なくなった。

こんな状況でどうやって勉強なんてするんだよって怒りが込み上げた。

家に帰れば親に怒られた。でもホントの事なんて口が裂けても言えなかった。

だから私は志望校は変えなかった。

自分の夢を叶えるためと親に迷惑を掛けたくなかったから。

結局受験は私立と県立1つづつ受けた。

私立は私をいじめてた子と同じ所を受けた。

自分の実力が知りたかったから。

最終的には私立は落ちちゃったんだけど、志望の県立には受かった。


そして、毎日学校行って皆勤で中学校は卒業した。

でも毎日毎日死にたいくらい辛いし、もう正直誰にも迷惑かけないで死ねる方法あるなら知りたかった位。

気づいたら前をむいて歩くことも出来なくなって、いつも下を向いて歩いてた。

前なんて向けない。この世界が怖い、目に見える全てが怖くなって、真っ直ぐ生きていけない。

それに自分に居場所はないし、発言権もない。ただただクラスに居るだけの生徒であり奴隷みたいな存在。

キモイと言われる事は日常茶飯事だし、逆に可愛いと沢山冷やかしで言われて自分のことがよく分からなくなった。

だから自分の事が大嫌いで大嫌いで仕方がなかった。


でも、そんな中で私はひとつの夢を見つけた。

それはざっくりしてるかもしれないけど「人の役にたてる職業に就くこと」だった。

小学校の時の経験もそうだし、このいじめを通してもそうだし沢山辛い経験したぶん誰かを助けたいって思いが強くなって医療系の道に進むことを決めた。

1度もう死んでしまいたいって諦めかけた私の人生だから、みんなに寄り添って生きることが出来る素敵な職業だなと思って。

そこからは夢に向かってやれる事をやった。

障害のある方とも交流したり、職場体験では病院の看護師さんを見学させてもらったり、沢山の経験をして高校に進学した。


だからどうか皆さん、生きる事を諦めないでください。

諦めなければ見えてくる世界も違ってきます。

これは私が身をもって体験した事。

生きれていれば辛い事も沢山あります。

綺麗事じゃなく、どんな些細な事でも生きれていれば傷つく事は沢山あります。

学生には学校にある理不尽さや人間関係

社会人には仕事に対する悩み、上下関係の人間関係や理不尽な言い訳や問題……

今や生活圏内だけじゃなく、世界中知らない人でも傷つけることが出来る時代です。

便利になって生活しやすくなっても、苦しくて死にたくなることもある時代なんです。

それでも、生きませんか?

こんな時代に生まれた事を後悔してもしきれないなんて所もあるけど、生きれていればいつか面白いじゃんって笑える時が来ます。

苦しいのは貴方だけではありません。

きっと本当は誰がいいとか誰が悪いとかそういう事じゃないんです。

笑ってる人だって明るく振舞ってる人だってきっと何処かは苦しい。

そんな時代なんです。


良かったら皆さん、こんな生きにくい世界ですが一緒に生きましょう?