Side:N
「暑かったでしょう?」
相葉さんは言いながら
グラスをテーブルに置いた。
「まぁね」
一番すみっこのカウンター席に座ると
テーブルに差し出されたそのグラスを見て、
その水がどれほど冷たいのかがわかる。
「午後にしたらよかったのに。
春とはいえ、
いまが一番あつい時間帯なんだから」
「そんなの絶対にイヤだね」
・・・と、心の中で言いながら
無言で水を飲む。
その水は
思った通りに
透明な冷たさで自分の体内を冷やして、
明らかに気分がスッとした。
「はぁ・・うま」
相葉さんが
満足そうにニコリとしたのが見えた。
そして、
苦手な太陽と海の清々しさに
文句だらけだった自分は
けれどもやっぱり
この時間帯に
こっちに着けてよかったと思った。
だってこっちに来る最初の日に
海ごしに落ちて消えていく
紅い太陽なんて、
絶対に見たくはないと思ったから。
それなら
サンサンと輝く眩い太陽の方がまだマシだ。
「それにしても・・・」
グラス片手に
決して広くはないお店全体をチラリとする。
「この店、だいじょうぶなの?」
お昼を回ったあたりの時間の
小さな喫茶店には
自分以外のお客さんが誰もいなかった。
「この時間にお客がいないって、ヤバくない?」
正直、
ここからこの店に
ほとんど毎日、
入りびたりになる自分にとって
ココに人が寄り付かないことは
好都合だったが、
相葉さんにとってはどうだろうか。
「ちょうど切れたタイミングなの」
けれども相葉さんは
焦ることなくそう言って
まだなにも頼んではいないのに
無言でハンバーグプレートを出してくれた。
「うまそう」
「美味しいよ」
目が合うと二人して笑う。
「いただきます」
「どうぞ」
独り暮らしで友達が少なく、
恋人もいない自分は
久しぶりに
自分の「いただきます」に
応答があったことに
少しだけ
身体のネツが上がったような気がした。
