勉強中の『ユーザーイリュージョン』(トール・ノーレットランダーシュ著・柴田裕之訳、紀伊国屋書店)。
そこでは<私>と<自分>とが区別すべき概念として提示されている(そのような区別は、思想史上既にあったもので、この本で初めて成されたというわけではないようです)。
著者の言う<私>とは、意識に上がる体の動きや精神作用の主体である。現代人は、<私>が自らの全てを取り仕切っていると思いがちだが、それは錯覚であり、<私>に支配権がない状況は多い。その時の主体が<自分>である。そして、<自分>は<私>以上のものである(<私>は無力であり<自分>は強力である)と述べられている。
以下、備忘録・・・。
・<私>と<自分>という言葉、英語版ではどう区別されているのだろう?と気になって確認してみたら、<I>と<Me>でした。これは主格・目的格の区別というわけではないのだろうなあ・・・。
・「フロイトの無意識の概念も<自分>の概念に含まれている」(p317)と書かれていた。このような言い方は、他人に説明するときのきっかけにしやすそう。ただ、この「二つの概念の関係については、どちらの概念も、意識に上がらない、したがって<私>ではない、その人の部分に関係している、ということ以外には触れずにおく」という態度、「<自分>という概念のポイントは、あまり多くを語らぬところにある」という一文は、とても興味 深く重要な点だと思う。