奏は産まれたその日の夜、7回の無呼吸発作を起こしました。



翌日、奏の主治医が病室にやって来ました。


「発作を起こす度に、チアノーゼといって、酸素が不足して皮膚が紫色になる現象が起きています。

 サクラさんの赤ちゃんは呼吸が完全に止まるわけではなく、

 値が下がっても自力で呼吸を戻してくれています。

 今の状態だと単に赤ちゃんの苦しむ時間が長いだけです。

 脳外科にも確認を取って今日の夕刻であればシャントのオペは可能です。

 手術をされませんか!?」



私は、主治医の押し迫るような口ぶりに失望していました。



出産前日、病室で初めて面談をしたとき主治医はこう言っていました。

「これまでの面談記録を拝見して、手術はしないという結論に達するまで、
 お父さんお母さんが悩みに悩んでこられたんだと感じました。
 ですので、お二人が考え抜いて出された結論に反対するつもりはありません。
 私は赤ちゃんの味方ですので、赤ちゃんのために精一杯できることを尽くします」


そして、私たちは出産前から何度も、そして出産直前にも
「むやみな治療は望まない、本人の生命力に任せる」と意思表示してきました。




口先だけで、結局私たちの主張を理解する気なんて全くないんだな。

今後手術をするとしても、生活の見通しを立てることが先決だと言ってきたはずだし、

出生からわずか1日でたちまち命に関わるほど重篤な状態なら、なおさら手術は望まない。

そもそも帝王切開直後で判断力が落ちているときに焦らせて迫るようなやり方はフェアじゃない。

医師として赤ちゃんの味方になって手術を推し進めてくることは理解できる。

でもそれなら、小手先だけの寄り添うような素振りなんて見せないでよ!




込み上げてくる言葉をぐっとこらえて、手術には同意できない旨を伝えました。




「手術をしないのであればせめて、脳圧を下げる薬を投与させてもらってもいいですか。
 脳圧が高いと赤ちゃんは苦しいと思うので…」


薬の投与はパパが迷うことなくお願いしました。


主治医は明らかに落胆した様子で病室から出ていきました。





出産前の見立てでは、呼吸機能には問題ないと言われていたけど、
もしかして相当重症なのかな…


主治医の様子からしても、この数日中に万が一のことがあるかもしれない…






そのあと、出生直後のMRIの結果を持って脳外科の先生がやって来て、
奏の病状について説明を受けました。


全前脳胞症で確定であること

脳の実質が少なく最重症のカテゴリーに分類されること

内臓疾患はないこと

顔面奇形、染色体異常は伴わないこと…


奏は顔面形成と脳の形成が比例しない珍しいケースのようでした。

でも、MRIの画像を見せてもらうと頭蓋骨の中は目のあたりから上が真っ黒で、
大脳の実質が皆無に等しいことがはっきりと見てとれました。

それでも脳幹は完全に形成されており、予後が長くなるという見立ては変わらないと言われました。

そして、シャント手術の適用であることも変わりませんと告げられました。



「呼吸すら危ういんじゃなかったの?

 こんなに脳の実質が少ないのに予後は長いままなの?

 奏、もう頑張らなくていいよ。

 頑張らないで」



出産の感動から一転、私はまた現実に引き戻されて黒い気持ちが募り始めていました。