久しぶりにプログを更新です苦笑音譜やっと気持ちも落ち着き仕事にも復帰して元の生活に戻りつつもあり。。。


チョコも元気で、私も最近ほしいものを買いあさっている状態ですぅ。。。シラー


中でもパソコンを新規に買い変えました。今までのは縦に線が入りかなりやばくなってきたので


思い切って購入叫び



さくらのブログ
これこれアップ


これね・・・かなりいいのですぅ


4Gで500GBあるのね。そしてそして


ブルーレイ内臓でかなり安くしていただきましたので購入を決めたのであります。


中でもわたしは買ったピンクは、なんとドット柄でかなり かわゆすラブラブラブラブ!


でもWindow7はわからない・・・。でもでも快適・快適←どっちなんだ・・・目


腕時計も購入した。これはプレゼントですが。。。


ブルガリの時計を貰ったよチョキ


大切に使います。ありがとう腕時計TさんWハート


母の死後はいろいろあったけどかなり彼の存在がありがたく感じた。。。


自分でも頑張ったなぁ~と感じた。そのご褒美にとのことでのプレゼントらしいううう


自分は今私と一緒に暮らせない・・・。だから言うわけでもないけど、できるだけの


ことは私にしてあげたいと言ってくださってます。


ほしいもの、希望することできる範囲で彼は頑張ってくださってます。


ありがたいです。幸せです。


母はいなくなったけど彼はいなくならずに私のそばで支えてくださってくれてる。


ありがとう・・・しょぼん


この一言に尽きます。。。気持ちを新たに今年もがんばるぞぉ~~~。グー


P・S  大切なピグ友の存在もとてもありがたく思っています。ありがとう。。。

     またお話ができるとき、あったら仲良くしてくださいラブ





この2週間は私にとっても母にとってもとても大切な日だった。


状態は良くはならないけれど悪くもなく安定している。


水も少し湿らせる状態で飲む状態。。。


ある日私は引越しを準備する。と言うより引越さなければならない状態だった。


今安定時にいろいろ済ませておきたいとも思い、動き出す。


2・3日で家は見つかり引越しを決意!でも母に分私の分、家一軒ぶん


を整理しなくてはいけない・・・。私はさてこの先命持つかな???とガーン


私の住む家が見つかり荷物を運び母の分はみんなで分散した。


落ち着いていたので一日家で寝ることにした。車で40分くらいのところに・・・。


その矢先、夜中電話あり、お母さん危篤とのこと。。。


あわてて病院に戻りみんなそろっていた。でも。。。


なんと私が話しかけると目が開いてぱちぱちしだした。


みんなびっくり目今まではもうだめです・・・。といっていた


先生までもが叫び


良かった、とりあえずもった。でもそれもつかの間の時間だそうです。


足は冷たい、舌はカチカチにもう見ていても植物状態です。


でも看護士さん曰く、耳だけは最後まで聞こえるので声は


かけてあげてくださいね。との事でした。


そうかぁ~。お母さんがんばれ!!まだまだそばにいてほしいから。。。



母がこの世からいなくなること自体考えられない。。。


妹も亡くなり、母までも。。。悲しすぎるしょぼん


このとき私は不意に、あの時私が先に死んでいたなら、こんなに


悲しまずにおれたのに。。。と思っていた。


でもそれは違うね、それは親不孝だね。私が母を看取るほうが母にとっても


いいことだね。ごめんね。少しでも変なこと考えてしまったよガーン


でももうさすがに覚悟はしておかないと。。。と思うことある日


私はお昼交代していただきお風呂に入りたく銭湯に行こうとしたが、


いっぱいで引き返す。その瞬間おじさんが、早く病院いけ!!


あわてていくとなんと!なんと!間に合わなかった・・・。汗


どうして、どうして、どうして。。。私がいないときにいつも


そうなるの???悲しすぎるよ。最後間に合わないって。。。、


少しの間いなかっただけなのに・・・。お母さんが亡くなった・・・。


しかも母らしいお昼過ぎという時間帯に・・・。


先生が時間を看取りに着てくれた。もう泣き崩れていたと思う・・・。


おかあさん・・・。おかあさん・・・。


私を生んでくれてありがとう。。。


ありがとう ・ ありがとう・・・。


とても辛かった。今でも辛いが・・・。そのときは受け入れたくないと言う


思いが凄くあったのだと思う。


今となればいつかは母も旅立つのです。それを見送るのが子供の役目だと・・・。


今は気持ちは落ち着き大分受け入れれた感じですが・・・。


まだまだです。母の最期は涙が一粒流れていた。悔しかったのだろう・・・。


まだまだ死にたくないと・・・。でも痛みもなく眠るように逝けたのだろう。


優しい顔になっていた


最後にここで母に告げます。


おかあさん。ありがとう、病気がわかって一番


辛かったのはお母さん本人なのに辛く当ったり

してごめんね。


もう何も心配しないで、ゆっくり休んでね。


ありがとう。さようなら!!!


思い出しても涙が出ます。ここをお借りして母に伝えられて良かったです。


これからは彼との日々を綴って生きたいと思います。








母の状態は相変わらず変わらない。。。


病院の日付いていく私、時間待ちがどうして総合病院はあぁもながいのか???


半日がかりで母はしんどくて横になっている。。。、大丈夫かな???


抗がん剤の副作用もかなり出てきたね・・・。初期の頃はもどしたりも激しくて


見ているこちらまでつらくなった。髪の毛もどんどん汗悲しくなった。でも本当は


本人が一番つらいんだよね。とても胸が詰まる思いだった。。。がんばろうねと


心で問いかけた。薬も増えてきたしね。その日の診察では、癌のところが少し薄くなったかな?


と先生。。。実は母、抗がん剤は新薬を使っていた。心配ではあったが肺のほうでは有名な先生の


ようなので信用して続けていた。少し薄くなったので母も喜んでいた。でもでもそれもつかの間・・・。


やはり入院と退院のつり返しで、とうとう足を骨折?脱臼をした。癌が転移して骨がもろくなってきている


と先生が・・・。その頃から母の余命をほのめかされていた。そのときで約3ヶ月と・・・。汗


もうどうしたら・・・。母の顔が見れない。。。自然と涙がでる。私のは無理だ耐えれない。


彼に私無理!絶えられない・・・。助けて!!!


今辛いけど、おかあさんの方がもっと辛いよ。今しっかり受け止めていないと

これからもっとつらいよ。僕が付いているから大丈夫がんばれ!!


う・うん、ありがとう。。。しょぼん


それからは家の近くに病院を移した。母の姉妹の人たちも加わり、順番に母の面倒を見るようになる


母は始めは足のこともあるのでリハビリ科に入院個室だった。帰りたい・・・や前の病院に

戻りたい。。。を繰り返す。


かわいそうだけど、ごめんね。仕方ないんだよ・・・。と心で思う。


そんな中母がある日、血相を変えて家に帰ると言い出す。なんで??


聞いてみると、入浴時男性だったらしい。病院の介護者が男性だったらしく嫌だった様だ。


う~ん・・・。仕方ない家に帰ろう外泊の届けを出す。夜中案の上、熱が出る。


やはり無理があったのか?病院に戻る。今度は病棟を先生に説明して変えていただいた。


相変わらず母はわがまま放題・・・。あるくのもおぼつく状態なのに脱走しようとして外で


転んで先生に見つかり病院にもどされたりで・・・。ガーン あかあさん。。。


お願い。。。病人らしくね(-""-;)


私もかなりストレスもかかりおかしくなってきた。でもがんばろうと・・・。


病院に戻ってからは交代で泊り込みになる。今の病院は完全看護のはず・・・


なぜか?母が一人ではなにをするかわからないのと脱走を阻止する為だった。


もう!!!おかしくなりそう・・・。大丈夫か?私・・・。


そのときから私は彼からヘルパー2級の資格をとゆうことでお金も用意していただき


申し込みも行ってくださっていた。そんな時間あるかな?と思い、叔母さんが着ていただいて


る時に学校に行くようになった。少しは気晴らしにもなった。


ありがとうと彼に伝えた。


順調に学校と病院の行き来にもなれてきたとき・・・。母はだんだん言葉も話さなくなってきた。


一日中目だけが開いているときが多くなる。夜も寝ないときも多々。。。、


とうとう先生から宣告が・・・。お母さんの余命ですが後2週間くらいです。本当に申しわけありません


でした。そうか、そうかと私、ふかぶかと頭を下げていた・・・。涙があふれていた。


この2週間は私と母との一生分の思い出を作ろうと私は思った・・。